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エホバの証人心変わり ラトーヤ自伝第九章よりその8

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)
弟は抗議することもなくこれに従い、すぐに他の振りに変えている。また、マイケルは古参の証人をツアーに招待し、信仰のすべての規則に調和した生活をしていること、布教のための戸別訪問をしていること、そして集会に全部出席したことを実際にみてもらったりした。


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第九章その8

ときどき、このような努力はむだだったように見えた。小さい時からホラー映画が好きだったマイケルは、11分間のスリラー・ビデオを非常に自慢していた。


これは特殊効果による風変わりな作品で、マイケルは狼男と踊るがい骨に変身している。


他のエホバの証人からの批判をかわすために、このビデオには次のような否認の言葉が書かれていた。


“私の個人的な強い確信により、この映画はいかなる意味でもオカルトの信仰を認めるものではないことを強調したいと思います”しかし、批判者はこれに満足しなかった。彼らは、悪魔やその他のオカルトの像を描くだけでも罪深いと考えたのである。


マイケルと母は、あたしに王国会館にいっしょに行くよう、いつも促したが、たいてい断った。あたしは教義の範囲内で引き続き生活していたけれど、1977年にマイケルの〈ウィズ〉の撮影で彼とあたしがニューヨークに滞在した時以来、王国会館への足が次第に遠のいていった。


そんな行為は教団からの除名の根拠となるものだ。なぜ行くのをやめたかと言うと、あたしは確信をもって述べることができない。


ただ言えることは、会員資格をはく奪された友人のダールスに、あたしは絶対話しかけてはならないと命じられた日から、この信仰のある部分について悩むようになったからだ。


たとえば、教義では選挙で投票することを禁じている。信者は、人の法ではなく神の法に従うからである。


このことをあたしといっしょに議論していたマイケルは、よくこう言った。「それはそれで良いことだが、ただわれわれはこの地球に住んでおり、人が現実に支配している。だから、選挙でより良い人を選ぶべきではないだろうか」あたしも同感であった。


あたしには信仰の教えと考え方が違う点はたくさんあったが、これはその一つに過ぎない。もし、集会で疑問を提起したとしても、あたしの求めている回答が得られないことはわかっていた。そこであたしは、行くのをやめたかったのである。


あたしにとって宗教はかなり大きな意味を持っていたから、どうしていいかわからなかった。リビーはあたしに、どっちつかずの態度をとるのをやめ、早く決断すべきだと諭した。


どっちつかずの態度?
内面では、あたしは変わらぬ同じ人であった。同じやり方で生活し、規則を守り、バイブルを読み、神を信じていたのだ。


深い信仰のもとで育つと、宗教は自分にとって不可欠な一部となる。あたしは他の信者たちがいぶかるほど王国会館にはあまり出席しなかった。でも、自分の宗教心が薄いとは考えなかった。


ある日、あたしがジャネットの部屋に入っていくと、マイケルが目を泣きはらしていた。

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ジャクソン・ファミリーは熱心なエホバの証人信者ですもんね。信仰は大切です。でもそれを押しつけられるのはどうも…
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ラトーヤ自伝第九章その9へ続く

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エホバへの献身 ラトーヤ自伝第九章よりその7

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)
つまり、マイケルは音楽と宗教のどちらかを選ばなければならなくなった。「あなたがおやりになっているのは間違ったことです」とこの古参の証人は言明した。


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第九章その7

マイケルはバイブルを真面目に勉強していたので、人々を楽しませるのは悪いことではないと言う彼の主張を、いつも聖書の中の言葉を引用しながら裏付けていくことができた。そこで、これまで何度も指摘したことを繰り返した。


「ぼくは現在も、教えに従った生活をしています。ツアーのときも、布教のための戸別訪問をしています。ファンがぼくのポスターを壁に貼り、あるいは雑誌からぼくの写真を切り抜こうと、どうすることもできません。ファンたちにぼくをアイドルにしてくれるよう頼んだこともありません。ただ、ぼくの音楽を楽しんでいただきたいだけです」


「それなら、貴方はポスターを作るべきではないのです」古参の証人は反論した。


「いや、他の人たちがポスターを作るのです。確かにぼくはアイドルにされていますが、それはぼくの責任ではありません」


公衆の目から完全に姿を消さない限り、人々がマイケルを慕うのを防げる方法はなかったのである。本当のことを言うと、多くのエホバの証人たちは、マイケル・ジャクソンをひと目見たいと思って王国会館の外で集会するのを習わしとしていた。


証人たちはこんなふうに人を称賛することは禁止されているのをよく知った上で、そのような行動をしていたのだ。しかし、一方ではマイケルに近づかないよう、子供たちに注意をする親もいた。

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(王国会館)


このことは、何にもましてマイケルの心を傷つけた。でも、こんな注意もたいていは無視されていた。


マイケルは、エホバへの献身を示すためにできるだけのことをした。あるとき、古参の証人から「ステージでの貴方の動きは、セックスを彷彿させるものがあり、これからはその動きをやめるように」と注意された。


弟は抗議することもなくこれに従い、すぐに他の振りに変えている。また、マイケルは古参の証人をツアーに招待し、信仰のすべての規則に調和した生活をしていること、布教のための戸別訪問をしていること、そして集会に全部出席したことを実際にみてもらったりした。


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しかし影響力をマイケルにこれほど持っていたエホバの証人ってどんな宗教なんだろう?時たま「ものみの塔」がポストに入っていたりするけど、一度みてみようかな。
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ラトーヤ自伝第九章その8へ続く

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マイケルは偽善者ラトーヤ自伝第九章よりその6

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)

ビクトリー・ツアーでは膨大な裏方業務があったにもかかわらず、マイケルは各地にある王国会館を見つける専任者を雇ったのである。集会の1つでも出席し損なわないようにするためであった。

第九章その6

このツアーで立ち寄ったある場所で、マイケルと母は集会に遅れて出席した。彼らはホールの後ろにそっと席を見つけてすわった。


演壇で、エホバの証人の1人がこう説教していた。「…今日、ここにお集まりのみなさんの誰もが、マイケル・ジャクソンのような偽善者であってほしくないと思っています。マイケルは、エホバの証人だと信仰を告白しながら、世界中の人々にためにステージで仕事をしています」


マイケルが涙ぐんで聞いていると、この証人は当の本人がホールにいることに全く気がつかずに話を進めた。「…彼を称賛しないでください!彼をアイドルにしないでください!」


これは、単に1人の人の意見ではなく、教義に従ったものであった。
この宗教団体の公の出版物である『ものみの塔』は、エホバの証人に対し次のことを奨励している。


「魔女、悪魔または魔人に言及した言葉または視覚的なもの」を含んだレコード・アルバム及びビデオテープを証人が持っている場合は、それらを処分すること、並びに「かような芸能人を宣伝したTシャツまたはジャケット」を着用してはならないことである。


この日、説教した証人はマイケルだけを取り上げて非難したわけではなかったものの、この説教を聞いて、弟は傷つけられたのである。でも、礼拝の後マイケルはこの証人のところに近づいて握手をし、「大変素晴らしい説教でした」とあいさつしている。


マイケルは、その人気、彼の音楽、ビデオそしてステージでのダンスが、この宗教の一部の信者を深く悩ませていることに気づいた。


もう1つの非難は、彼が富の中にどっぷりと浸かっていることであった。この世は束の間の世界であるため、エホバの証人は成功を求めて努力する必要はないと考えていたからである。


あたしの信者仲間の証人が、あたしを物質主義者だと評して、一時、悩んだことを覚えている。なぜなら、あまり高くないポリエステルよりも、あたしが天然繊維の生地を好んだからである。


ポップ・アイドルであるということで、長年の間マイケルを非難してきたエホバの証人が、1984年のある夜を契機に、具体的な措置をとった。


この1984年の秋、マイケルはグラミー賞で記録破りの、8部門での受賞を果たしたのである。翌朝早速、古参の信者の1人がマイケルに最後通牒(つうちょう)を突き付けた。


つまり、マイケルは音楽と宗教のどちらかを選ばなければならなくなった。「あなたがおやりになっているのは間違ったことです」とこの古参の証人は言明した。

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大勢の信者の前で仲間である、ひとりのアーティストをけなす、賞賛しないでくれと演説するってこと、それがつまり偽物の宗教だって証明してるようなものでは?
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ラトーヤ自伝第九章その7へ続く

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