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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第六章その1プリンスからの求愛

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

フォー・ユー


その1

80年代の初めのことをときどき振り返ってみるが、特にこれと言った出来事はなかったな、と改めて思う。たぶん来る年も来る年も、家庭生活に変化がなかったからだろう。


若い女性が思い悩みそうな友情とかロマンスとかいった問題も、あたしには無縁だった。


母はあたしたちみんなをとても愛してくれたけれど、今にして思えば、それが本当の愛だったかどうかは疑わしい。


男性と交際したり恋愛する喜びを、一度も味わったことのないあたしが、母には心配ではなかったのだろうか。


いつの日か、白いウエディングドレスをまとい、教会の通路を歩く娘の姿を見たいという、母親なら誰でもが抱く願いを、母は持っていなかったのだろうか。


母親になることは人生最高の喜びをもたらすものだとよく言われるが、母は、あたしが子どもを生むことは望んでいなかったのだろうか。


家でも王国会館でも、デートやセックスについては厳格な清教徒的な考え方が賞揚(しょうよう)されていたので、あたしもこの2つについてはかなり頑なな態度をとった。


デートは結婚を前提としてのみ許されるものだし、結婚を伴わないセックスは罪悪だと信じ込んでいた。ごく最近まであたしはそうだと信じ続けていた。


一度も手にしたことがないものは、手に入らなかったことを悔やみようがないとは言われるが、あたしのこれまでの人生で、できなかったから悲しいと思ったことは何もなかった。


20歳代になるまで、男の人のことは本当にあまり考えなかった。もしあたしが結婚して家を出たら、母を死なせることになるとわかっていたからだろう。


それに誰かが心から好意を示してくれたりしても、あたしはいつもそれに気づくことさえなかったほどだった。


兄弟がたくさんいる中で育ったあたしは、友だちとしての男性は好きだったけれど、男女間の言葉にならない機微にはまるっきりうとかった。

Prince11

プリンスの〈ソフト・アンド・ウェット〉が発売されて間もないころ、当のプリンスがローラースケートパーティで、恥ずかしそうにあたしに自己紹介してきた。

「ハーイ」と声をかけられ、
「ハーイ」と、あたしは何気なく答えた。

「ぼくプリンスです」
「ええ、知ってるわ」彼の大きな褐色の目、柔らかそうな口髭、それに縮れのないストレートな黒髪は間違えようがなかった。


あたしはスケートをはこうとして腰をかけていたが、彼はそのあたしの高さにやっと届く背丈だった。


「ぼくきみに夢中なんだ。わかってほしい、この気持ちを」彼は情熱的にささやいた。
「まあ」

あたしは、いつもそうやって女の子を口説いているのか、と思ったが、
「きみの写真でも何でも、全部持っているんだ。きみのことなら何でも好きなんだ」

と言われて初めて、彼が声をかけてきた本心がわかった。
だが彼の声はしだいに小さくなり、言葉を使い果たしてしまったようだった。


「まあ、素敵だこと」
たいていの女の子なら、ここでキスするか、ピシャっと平手打ちするかのどちらかだろうが、あたしは立ち上がって、「じゃ、今晩楽しんでね」と元気のいい言葉を残し、逃げるように滑っていってしまった。

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プリンスの愛の告白にうまく対応できずにいた純情なラトーヤだったのか…
エホバの証人の信仰心は揺るぎないものなんでしょうか、でも堅いですね。

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第六章その2へ続く 

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