スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第一章その1ゲーリーの家特訓開始

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン訳高橋伯夫


第一章  その1

「みんな、すぐ起きるんだ、さぁ」
闇の中で目を開けると、父の足音が聞こえてきた。兄弟5人で使っている隣の部屋に向かって、その足音が大股に近づいてくる。


あたしといっしょにソファーベッドで寝ている姉のリービーは、ぐっすり眠っているが、あたしはいつもそんな父の大声で目を覚ましてしまう。


もう真夜中過ぎだというのに、父はそんなことにはお構いない。彼の頭の中には、ただ、ジャッキー、ティト―、ジャーメイン、マーロン、そしてマイケルという5人の息子たちを起こし、着替えさせ、パフォーマンスの準備をさせることしかないのだ。


「さぁ、やろうぜ。お前たちを見たいって方々をお連れしたんだ」
壁越しに、寝具がすれる音や、マイケルとマーロンが二段ベッドから、身軽に床に飛び降りる音が聞こえた。


やがて、ティト―とジャーメインが耳障りな音をたててギターのチューニングを始め、アンプのパチパチはじけるような音が家じゅうに響き渡った。


そして、演奏と歌が始まった。リードヴォーカルはジャーメインかマイケルのどちらかで、4人の歌声が鮮やかにハモった。


目は開けなくても、あたしには手に取るようにその情景が想像できた。練習通りの完璧なダンスステップ、居間のソファーから送られる称賛の拍手、そして、眠たくて早くベッドに戻りたいのに、きちんと行儀よくおじぎをしている彼ら…。


ひょっとしたら、5人の中の一人ぐらい、「どうして、こんなこと、ぼくたちにさせるんだろう」と、ちょっぴりぼやいたかもしれない。


いや、でも、そんなことはたぶんなかっただろうと思う。


玄関のドアが閉まり、車がブルンと音をたて、ジャクソン通りの小さなわが家は、再び暗くなり、元の静寂に戻るのだった。


人はよくあたしに質問する。ジャクソン・ファミリーの一員として育ったことを、どう思うかと。


信じられないかもしれないが、ごく普通の家庭と少しも変わらないと思う。情愛に満ちた母がいて、よく働く父がいて、そして子どもたち-------------。人生の大半を、あたしはそう信じて送ってきた。


母は今でもジャクソン家の中心人物であり、小柄な体と物静かな身ごなしには、深い内的な強さが秘められている。


母はキャサリン・スクルージーといい、アラバマ州のラッセル郡で、マーサ・アップショーとプリンス・スクルージーの間に生まれた。


あたしたちはプリンス・スクルージーを「ダディ」と呼び、実際の父のことは子どもらしく「ダッド」や「ポプ」「パパ」ではなく、ファースト・ネームで「ジョーゼフ」と呼んでいた。


祖父はあの快適な設備の寝台車、客車である特別仕様のプルマン車両のポーターだったが、アイロンのきいた制服に身を固めたときの、威厳に満ちたすてきな姿は今もよく覚えている。


ちっちゃな女の子だったころ、あたしはその祖父のベストとズボンのポケットの間にかけられた金鎖から垂れている、これも金の懐中時計に、うっとりと見入ったものだった。


まだ子どものあたしには、もちろん、ポーターというものがどんな仕事をしているのか、実際には何もわからなかった。


でも、“ダディ”はいつも誇らし気に見えるので、大変重要な仕事をしているのだろうと思っていた。


母が、両親や妹のハッティとインディアナ州のイースト・シカゴに移ってきたのは、うんと若いころであった。


母はみんなからケイトと呼ばれたが、幼少期にポリオにかかり、祖父はその治療のため毎日のように母を連れて病院を往復した。


まだポリオの治療法もワクチンもなかった1930年代のことである。母が生き残ったのは実に幸運であった。


プリンスとマーサ、つまり祖父と祖母は間もなく離婚し、のちにそれぞれ再婚したが、母はそんな両親のどちらとも仲が良かった。


母方の祖父母から母が受け継いだもの、それは愛と勇気であった、とあたしは思っている。


母の目は、褐色で、東洋風にちょっと吊り上がったエキゾチックな形をしていた。


頬骨がすっきりとしていて柔らかな、いかにも女らしい容貌で、人が振り返るほど美しかった。


少女時代、母は固定装具(ビールス?ブレース?)をつけたり、松葉杖で歩いたりしていたが、世間ではビールスが伝染すると恐れられていたので、周りの子どもたちは容赦なく母を嘲るのであった。


そんな子どもたちも、母の妹のハッティにつかまったら大変で、必ず仕返しをされた。


ハッティはしとやかな母とは正反対に、すごくお転婆だったのだ。こうした経験は、母の心を深く傷つけたに違いない。母は、当時のことをあまり話したがらないのである。


ポリオのせいで母は自意識過剰となり、男の子に対しても引っ込み思案になった。だから、ジョーゼフ・ジャクソンという校内一のハンサムボーイとの、まさに最初のロマンスに、ひとりひそかに胸を高鳴らせていたのだった。

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第一章その2へ続く

マイケル最新情報はマイケル・ジャクソンの軌跡を綴るブログ

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
プロフィール
マイケルとフレディ・マーキュリーを こよなく愛すオバさんです(^-^)
そしてタケウチのパンが大好きな私、 そんなワタシの最強の愛読書がこれ
ブランジュリ タケウチレシピレビュー

ラトーヤファン

Author:ラトーヤファン
FC2ブログへようこそ!

リンク
ぶろぐ村
フリーエリア
  • SEOブログパーツ
アクセスランキング
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ダイナミックアド楽天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。