インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その5マイケルの大切なこと
インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫
オフ・ザ・ウォール(紙ジャケット仕様)
その5
あたしは古い靴は捨てるように頼み、ソックスも取り替えさせようとした。でも、だめだった。「ラトーヤ、こんなことってちっとも重要じゃない」マイケルは突然ものを見通すような目になって言った。
「どうして人は着る物にこだわるのだろう。ぼくにとって重要なのは音楽だけだ。どんな音を出すか、どんないい曲を作るかが大事なんだよ。それなのに、なぜ新しい靴のことばかり気にするんだい?靴のない人がどうだっていうんだ、足のない人だっているんだぞ」
言うじゃない、この子。「でもねマイク、あなたの格好はひどすぎるわ」
「こいつは立派な靴だよ」マイケルは断固とした口調で言った。「これからもはき続けるつもりさ」
このとき以来、マイケルはアルバムを作るたびに同じようなことを繰り返した。そんなマイケルの作った音楽の素晴らしさを考えると、兄弟の中の少なくとも一人か二人は、自分もあやかってそうしようか、と思ったのかもしれない。
でも兄弟たちはジャクソンズ1964年の大ヒット記念ツアーを前にして、マイク、公衆の面前にだらしない格好をさらすのはもうよしてくれ、と命令するように言ったのである。
「オーケー、わかった、これからは変えるよ」と静かに答えたマイケルは、それからは外出するたびに、立派な、50ポンドのスパンコールがついたミリタリー・ジャケットとパンツを着た。
ズボンの折り目がすごくピシッとしていたので、玉ねぎでもスライスできそうな具合だった。
でも、家にいるときは相変わらずで、しわになったジーンズと古いセーター姿だった。マイケルのだらしなさは、自分の部屋にまで及んだ。
それで、家族は特別のメイドを雇ったりした。ときどきあたしはそーっとマイケルの部屋に入り、ベッドや床に一面散らばった楽譜などの紙切れを片づけずにはいられなかった。ときにはその最中に見つかることもあった。
「さわるな!」とマイケルは大声をあげた。
「マイク、この散らかりようを見なさいよ。歩くことだってできないわ。楽譜なんかちゃんと見つかるの?」
「どこに何があるか全部知っているんだ、放っといてくれよ」マイケルは大みえをきった。
だが彼は、ただ楽譜や本などをあたりに置きっぱなしにするだけではなかった。マイケルは何でも、そう、本当に何でもとっておく癖があった。
かわいくておセンチな物、たとえば家族みんなで撮った写真とか、あたしの通知表全部に姪や甥が初めてはいた靴、服、しみのついたおしめまで、思い出になるものは何でもとっていた。
また、自分個人の思い出の品としては、手術で取り出された鼻の軟骨もあった。
あたしたち兄弟が、マイケルの部屋がだらしないことでまた大騒ぎになったとき、彼はこう誓った。「よーし、わかった。あした部屋を掃除する。そして1年間ずーっと完璧にきれいにしておくよ」。
確かに翌日、彼の部屋はシミ一つなくきれいにされ、365日間というものそのままだった。
しかし、その“一周年”で約束が果たされると、彼の部屋には再び戦争地帯のようになってしまった。
ヘイブンハーストに残った子どもたちは、マイケル、あたし、ランディ、それにジャネットだけになったので、家の中は比較的静かになった。
ランディとジャネットは、ほかの兄弟姉妹たちよりいくぶん幸福な幼年期を楽しんだ。
大家族では、ともすれば両親は末っ子のしつけには甘くなるらしい。でも、あたしたちがゆるめだと思ったしつけだって、外部の人から見ればずいぶんと厳しいと映っただろう。
上の兄たちに比べると、父がふるった肉体的な虐待をあまり目にしていないランディとジャネットは、あたしたちほどには父を恐がっていない。でもこの二人でさえ、父にたたかれたりはしなかったとは言えないのだ。
あたしたちはみな相変わらず父を恐れていたけれど、もうだいぶ前から反抗するのをやめていたマイケルほどではなかった。
小さいころは父に刃向かっていたマイケルも、10代のころ、ジョーゼフにはどうしてもかなわないと悟ったのだった。
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マイケルの生活観へのこだわりのなさ、しかし約束した一年間の完璧なきれいな部屋…やはりどれもこれも、スーパースターたる片鱗を感じさせる…なんて思っている管理人です<(_ _)>
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章そのへ6続く
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(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫
オフ・ザ・ウォール(紙ジャケット仕様)
その5
あたしは古い靴は捨てるように頼み、ソックスも取り替えさせようとした。でも、だめだった。「ラトーヤ、こんなことってちっとも重要じゃない」マイケルは突然ものを見通すような目になって言った。
「どうして人は着る物にこだわるのだろう。ぼくにとって重要なのは音楽だけだ。どんな音を出すか、どんないい曲を作るかが大事なんだよ。それなのに、なぜ新しい靴のことばかり気にするんだい?靴のない人がどうだっていうんだ、足のない人だっているんだぞ」
言うじゃない、この子。「でもねマイク、あなたの格好はひどすぎるわ」
「こいつは立派な靴だよ」マイケルは断固とした口調で言った。「これからもはき続けるつもりさ」
このとき以来、マイケルはアルバムを作るたびに同じようなことを繰り返した。そんなマイケルの作った音楽の素晴らしさを考えると、兄弟の中の少なくとも一人か二人は、自分もあやかってそうしようか、と思ったのかもしれない。
でも兄弟たちはジャクソンズ1964年の大ヒット記念ツアーを前にして、マイク、公衆の面前にだらしない格好をさらすのはもうよしてくれ、と命令するように言ったのである。
「オーケー、わかった、これからは変えるよ」と静かに答えたマイケルは、それからは外出するたびに、立派な、50ポンドのスパンコールがついたミリタリー・ジャケットとパンツを着た。
ズボンの折り目がすごくピシッとしていたので、玉ねぎでもスライスできそうな具合だった。
でも、家にいるときは相変わらずで、しわになったジーンズと古いセーター姿だった。マイケルのだらしなさは、自分の部屋にまで及んだ。
それで、家族は特別のメイドを雇ったりした。ときどきあたしはそーっとマイケルの部屋に入り、ベッドや床に一面散らばった楽譜などの紙切れを片づけずにはいられなかった。ときにはその最中に見つかることもあった。
「さわるな!」とマイケルは大声をあげた。
「マイク、この散らかりようを見なさいよ。歩くことだってできないわ。楽譜なんかちゃんと見つかるの?」
「どこに何があるか全部知っているんだ、放っといてくれよ」マイケルは大みえをきった。
だが彼は、ただ楽譜や本などをあたりに置きっぱなしにするだけではなかった。マイケルは何でも、そう、本当に何でもとっておく癖があった。
かわいくておセンチな物、たとえば家族みんなで撮った写真とか、あたしの通知表全部に姪や甥が初めてはいた靴、服、しみのついたおしめまで、思い出になるものは何でもとっていた。
また、自分個人の思い出の品としては、手術で取り出された鼻の軟骨もあった。
あたしたち兄弟が、マイケルの部屋がだらしないことでまた大騒ぎになったとき、彼はこう誓った。「よーし、わかった。あした部屋を掃除する。そして1年間ずーっと完璧にきれいにしておくよ」。
確かに翌日、彼の部屋はシミ一つなくきれいにされ、365日間というものそのままだった。
しかし、その“一周年”で約束が果たされると、彼の部屋には再び戦争地帯のようになってしまった。
ヘイブンハーストに残った子どもたちは、マイケル、あたし、ランディ、それにジャネットだけになったので、家の中は比較的静かになった。
ランディとジャネットは、ほかの兄弟姉妹たちよりいくぶん幸福な幼年期を楽しんだ。
大家族では、ともすれば両親は末っ子のしつけには甘くなるらしい。でも、あたしたちがゆるめだと思ったしつけだって、外部の人から見ればずいぶんと厳しいと映っただろう。
上の兄たちに比べると、父がふるった肉体的な虐待をあまり目にしていないランディとジャネットは、あたしたちほどには父を恐がっていない。でもこの二人でさえ、父にたたかれたりはしなかったとは言えないのだ。
あたしたちはみな相変わらず父を恐れていたけれど、もうだいぶ前から反抗するのをやめていたマイケルほどではなかった。
小さいころは父に刃向かっていたマイケルも、10代のころ、ジョーゼフにはどうしてもかなわないと悟ったのだった。
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マイケルの生活観へのこだわりのなさ、しかし約束した一年間の完璧なきれいな部屋…やはりどれもこれも、スーパースターたる片鱗を感じさせる…なんて思っている管理人です<(_ _)>
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