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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第三章その13プレスリーの悲しい光景

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


Mind Is the Magic: Anthem for the Las Vegas Show


第三章 その13


ランディとジャネット、二人は家にいるとき何かにつけて言い合いをしていたが、巡業中も全く変わらなかった。


ショーの前後、そして歌の合間でさえ、観客に背を向けてお互いの衣装をぐっと引っ張りながら、つまらないことで言い争いをしていた。


観客はいつも演技の一部だと思い、いっそう大声をあげて笑うのだった。


あたしたちの最大のファンである母は、ショーを一度だって見逃したことがなく、観客に交じって座りあたしたちを批評した。今でもそうで、ツアーではマイケルや兄弟たちに同行している。


ショーが終わると、あたしたちは母のところに駆け寄り、「お母さん、ショーはどうだった?」と尋ねた。


「そうね、この歌は出だしがちょっとゆっくりすぎたわ。マイク、今度やるときはゆっくりじゃだめよ。ティト、あなたのギターのソロは素晴らしかったけど、顔の表情をもっとリラックスさせるようにね」などと、母はよく言ってくれたものだった。


しかし、母はどういうわけか、あたしたちに対しては誰にも決してお世辞は言わなかった。一度だけ、これはマイケルとあたしの二人が目にした光景だが、母が下のランディと楽屋にいて、何でもいいからやってごらん、と幼い息子をそそのかし、それからみんなに「ステキでしょ?素晴らしいでしょ?」念を押したことがあった。


あたしたちはうなずいてにっこりした。「お母さん、あたしたちには絶対あんなこと言わないのに」と、あたしは感じたことを口にした。


「わかってるわ。でも、親ってたいていそうなんだよ」母はそう答えたが、そのころは父や母の態度が周囲とは違って異常だということがわからずにいた。


母は「お前たちはいつも自分に才能があると知っていたから、あたしがわざわざ言う必要はなかったのよ」と、自分の哲学を説明したことがあった。


世間からどんなに褒め言葉を浴びても、子どもには両親の「愛してるよとか「誇りにしてるよ」のひと言に勝るものはないということが、父母にはまったくわからなかったのだろう。


だから今あたしたち兄弟姉妹は、自分の子どもたちや姪や甥はできるだけ褒めるようにしているのだ。


ラスベガスにいたころ、ランディがチック病にかかって顔にけいれんが起き、母は医者に診てもらいたいと思った。話を聞いた人々はみなエルヴィス・プレスリーの主治医の一人を勧めた。


(※チック病=精神的な緊張により、目を激しく動かしたり、頭を小刻みに振り続けるなどの素早い動きとなって表れる症状)

elvis.jpg


あたしたちはその医者が必要以上の薬を処方するといううわさは知らなかったが、警備主任のビル・ブレイは知りすぎるくらい知っていた。


医者がランディの診察に来たとき、ビルは「いいですか、必要以上のものをこの子にあげないでくださいよ」ときっぱり言った。


ジャクソン家の人間はそれまで誰も薬というものを飲んだことがなく、ビルが何を申し入れたのかわからなかった。


あたしたちが厳しくしつけられて育ち、自分にも節制的な生活をしてきたのは、偉大なアーティストの多くが薬の乱用で身を滅ぼすのを見てきたことと大いに関係があるのだろう。


確かに、薬がプレスリーに及ぼした影響を見て、あたしたちは強い印象を受けた。


ある夜、あたしたちは全員でタホー湖近くのサハラで行われたプレスリーのショーを見に行った。ショーを見てすぐ、彼はどこか悪いのでは、と思った。


動きがのろのろしてぎこちなく、言葉もはっきりしなかった。最後のアンコールが終わり、楽屋を訪れて目にしたのは信じられないほど悲しい光景だった。

elvis2.jpg


あの偉大な歌手が、まるでどうしようもない力に全身を突き動かされていたように、何かにとりつかれた顔で行ったり来たりして歩いているのだ。


しかし、彼はあたしたちを見るとすぐ立ちどまり、ぱっと明るい顔になった。


「きみたちはすごいよ。ちっちゃなころから始めて、本当に大したものだ」彼はやさしく声をかけてくれた。

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マイケルもこの「子どもの愛される権利、無条件に…」という部分をまずまっさきに挙げているんですよね。ラトーヤとマイケルは考え方が良く似ていて、小さなときからとても仲が良かったことがわかるくだりですよね~~

エルヴィス若かりし頃の「ブルー・ハワイ」が日曜洋画劇場(1977年に放送)で放送された数日後、彼が亡くなったのは悲しかった、「わぁステキ~~♪」とすぐに大ファンになったものでした。

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第三章その14へ続く
 
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30周年の時のキャサリンママの誇らしげで愛情にあふれた笑顔、本当に偉大なる母の余裕さえ感じましたね♪
本当に素晴らしいファミリーは、前を向き懸命に歩いてきたんですね~~。

母はその子どもの特長を一番知っていますし、またうまく導ける存在で、彼らを育ててきたのですよね。

こんなにたくさん子供がいると愛情を同じく分け与えるのは難しいかもしれませんね。母は体がよわかったり手のかかる子につい目が向いてしまうのでしょうね。でも「マイケル30周年記念ライブ」で復活(^O^)!ジャクソン5のステージを見ていたキャサリンの幸せ一杯の笑顔(^-^)愛があふれてました(T_T)
ラトーヤっていつもしっかりしていて長女の様でマイケルは時々兄の様にラトーヤを助けたりアドバイスしたり…キャサリンママ!よい子に育てました(^^)ね
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