スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第二章 その6


ヤング・マイケル・ジャクソン写真集 1974-1984 【初回限定版】


インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


第二章 その6



1970年の6月、あたしたちは彼らのロサンゼルス・フォーラムでのコンサートを見に行った。


18000人のティーンエイジャーたちと、10代前の子どもたち(中には親と来ているものもいた)が、ジャクソン5に向かって興奮して金切り声をあげていた。


あたしは周りを見回して、「この人たち、みんなあたしの兄弟たちのために?」と信じられない思いとともに彼らに対する深い尊敬と恐れを感じたのだった。


5人がステージを踏んだ瞬間、狂乱の嵐が吹き荒れ始め、いつまでも止まらなかった。


彼らがステージに姿を現したとき、彼らがモータウンでの“磨き”をかけられて以来、あまりにも大きな変貌を遂げているのにびっくりした。


今や彼らは、ちりちりのアフロヘアーに、これまで見たこともないような派手で猛烈なコスチュームを、これ見よがしに身に着けていた。

0423-1 jackson5


ヒラヒラ飾りのついたベスト、ピカピカした色のシャツとベルボトムパンツ、ひざまであるブーツに飾り帯、そしてティト―にはベレー帽という具合である。


例えばテンプテーションズなどとは違い、みんなそれぞれにマッチした舞台衣装を着て一人一人が個性を出していたので、あたしは大いに気に入った。


みんな、最高に素晴らしかった。彼らと大群衆が化学反応を起こし、会場全体に火がついたようだった。


ダンスの動きは速く、激しく、女の子たちの悲鳴から判断するに、すごくセクシーだった。


彼らが腰を突き出し、マイケルが小さなジェームズ・ブラウンのように膝をつくたびに、キャーッという叫び声がいまにも客席をぶち壊さんばかりだった。


失神したりうわごとを言ったりしている女の子を、医療班員が次々とストレッチャーに乗せ、大急ぎで通路を行ったり来たりしていた。


ショーが終わりかけると、何百人もの子どもたちが舞台めがけて突進し、警護員連中は一時パニック状態だった。


しかし警護員は馴れたもので、あっという間に5人を舞台からビルの外に連れ出してリムジンの中に送り込み、ファンの大部分は彼らが去ってしまったことにさえ気づかずいるのだった。


ジャクソン5の急激な人気上昇に乗じて、モータウンは1970年の終わりまで、彼らを全国のアリーナやスタジアムでの巡業に出した。

0423bill bray3
(ビル・ブレイとマイケル)

兄弟の安全が気づかわれたので、警護員を強化しなければならず、家族の負担で元警察官のビル・ブレイという人を雇い、警備スタッフの長にした。
(*ビル・ブレイ氏は2005年11月15日亡くなっています、マイケルにとって第二の父であったという、ビル・プレイ氏の記事はこちらへ


コンサートの数日前になると、ビルは現地の町に飛び、会場の警備体制を調べた。


警察とも連絡を取り、街の突っ張り少年や暴走族たちの動き、人種差別的な不安など、兄弟たちに危険が及びそうな事項はすべてチェックした。


ある町など、対立する暴力少年グループが、一方はジャクソン5が好き、一方は嫌いということで、コンサート会場内で撃ち合いの決闘をやると脅迫してきた。


幸いに、コンサートは何事もなく終了したけれど。


しかし、ニューヨーク州バッファロー市でのショーは、兄弟たちが泊っていたホテルの部屋に死の脅迫電話があったため、直前にキャンセルせざるを得なくなった。


警備員たちは、電話をかけてきたのは暴力少年グループに違いない、と信じ込んでいた。


直接ジャクソン5の部屋に電話がかけられるのは、ホテルの建物内からだけだったので、みんな本当に神経がへとへとになった。


何しろ誰にでもルームナンバーはわかったし、電話もかけられたわけだから。


ジョーゼフは家に電話をかけてきて、何が起こっているのかを説明した。「ショーはキャンセルしてね、その子たちをステージに出さないでね、きっとよ」と母は懸命に頼んでいた。


二人とも異存はなくショーは中止されたが、何年か経つうちに、兄弟たちはそのような脅迫に屈せず、勇敢に公演するようになった。


決して誇張ではなく、その時の電話は、あたしたち家族に対する何百という似たような脅迫の始まりに過ぎなかった。


あたしたちがこうして今生きていられるのも、警備員さんのおかげというものである。


このような条件下に生活していては、あたしたちが普通の人びとと同じように、“正常な”生活感情を味わえるわけがない。


多くの子どもたちが独立することを学び、世の中に新しく足を踏み入れ始める時期に、あたしたちは囲いの中に閉じ込められていたのだ。


インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第二章その7へ続く

マイケル最新情報はマイケル・ジャクソンの軌跡を綴るブログ
海外芸能人←最新情報はコチラ♪

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
プロフィール
マイケルとフレディ・マーキュリーを こよなく愛すオバさんです(^-^)
そしてタケウチのパンが大好きな私、 そんなワタシの最強の愛読書がこれ
ブランジュリ タケウチレシピレビュー

ラトーヤファン

Author:ラトーヤファン
FC2ブログへようこそ!

リンク
ぶろぐ村
フリーエリア
  • SEOブログパーツ
アクセスランキング
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ダイナミックアド楽天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。