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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第二章その1

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫




第二章 その1


ゲイリーのわが家で、あたしたちがいちばん気に入っていた玩具は、ビューマスターという双眼鏡を平らにしたような立体ビューアだった。


ボール紙製の枠がある透明で四角なディスクを押し入れ、プラスチックのレバーを引くと場面が変わるというものだ。


カシャッ!とやるたびに、パリ、ニューヨーク、ロンドン、アフリカ、そのほかエキゾチックでカラフルなパノラマが現れ、「おお!」とか「ああ!」とか嘆声をあげながら、マイケルやリビーやあたしたちは、何時間もそれで遊んだものだった。

viewer-tyco.jpg
(ビューマスターとリール)

中でも、夢のようにステキだったのが、ハリウッドだった。椰子の木やパステルカラーのビルたちが、まるで手招きでもしているように目に映った。


「考えられる?すごい太陽!」とあたし。
「ほんとだ!それにあの海!あんなところに住めたら、とは思わないかい?」とマイケル。


「待ちきれないわ。明日にでも飛んで行きたい」

マイケルが、いかにも彼らしい確信に満ちた口調で言った。

「いつだって夢は見られるよ、ラトーヤ!そして、その夢もほんとになるよ。でも自分でほんとにしなきゃね」


ジャクソン5がモータウンのオーディションを受けて以来、いろいろなことが次々に起こり、早すぎて全部は消化しきれないほどだった。


まず最初に、ベリー・ゴーディがデトロイトにあるヨーロピアンスタイルの豪華な邸宅で彼らを祝う会員制のパーティを開き、そこで演奏を披露するよう招いてくれた。


その三階建の建物には、大理石、フレスコ画、彫像など、兄弟たちがこれまで目にしたこともない備品、調度品が満ちていた。


さらに信じられない思いをしたのは、彼らがレコードを通じて学び、敬愛してきたスターたちが、その“聴衆”の中に大勢姿を見せていたことだ。


そのうえダイアナ・ロスは、ジャッキー、ティト、ジャーメイン、マーロン、そしてマイケルと、一人ひとりの頬にキスまでしてくれたのだ。

1973diana ross michael
(ダイアナ・ロス)

モータウン最大のスターであるダイアナは、シュープリームスから離れて、年末にはソロの道を歩くのだが、ジャクソン5と名前を結びつけるとPR効果上からも賢明で、そのほうが両者とも世間の注目を浴びると会社はわかっていた。


パーティ席上、ジャクソン5に最も熱烈な声援を送ったのは、ほかならぬベリー自身であった。デトロイト出身の作詞作曲家で、ヒットソングを聴きわける神秘的ともいえる鋭い耳の持ち主の彼は、家族から集めたわずか800ドルの資金をもとにアメリカ最大の黒人オーナーの会社を創り上げ、1960年の初めまでには独力で一大富豪になった人物である。


あたしの父と同じく、努力、訓練、忠誠心、それに家族の大切さといったものを信じていた。


そして自分の周囲にいるアーチストやプロデューサー、ライターなどを、単なる従業員ではなく家族同様に考えていた。


家族ぐるみで芸人になっているジャクソン5が、これも家族同様に動いている会社のモータウンと結びついたことは、思えば実に不思議な偶然の一致である。


しかし、彼らが契約を交わした1969年の初めころまでには、同じレコード会社の下にという緊密な気持ちの繋がりは、しだいに淡くなってきていた。


社内に生じた対立、経済的な不公平感、また、芸能人にありがちな個人問題での悩みなどのせいである。


そんな社内の空気だったから、彼らのような若さ、無邪気さ、そしてひたむきな熱気は温かく迎え入れられた。


たぶん彼らは1950年代の終わりから1960年代の初めにかけての出来事を、ベリーに思い出させたのだろう。


その時代、ベリーは、スモーキー・ロビンソンをはじめ、ミラクルズ、マーヴィン・ゲイ、シュープリームス、テンプテーションズ、スティービー・ワンダー、マーサ・リーヴズ、ヴァンデラスほか、数え切れないほどの伝説的なスターを見出し、そして育て上げてきたのだった。



これはあとからわかることだが、ジャクソン5は、今は老いたモータウンの組織から現れる、最後のスターだったのである。


ベリー成功の秘訣は、自分の直感力に熱烈な信頼を抱いて行動し、しかもそれで素晴らしい結果を得たことだった。


ベリーはジャクソン5に個人的にも積極的な興味を持ち、「誓って、きみたちを世界最大級のスターにしてみせる、本にも書かれるようにしてあげる」と言っていた。


また、ヒット曲を3本出すと予言し、それを実現させるべく大構想のラフプランを練ったりもしていた。


まず第一段階は、モータウン本社を移転させようとしているロサンゼルスに、ジャクソン5を連れていくことだった。


彼らは、ビバリーヒルズにあった文字通り隣りどうしのベリーとダイアナの家に、かわるがわる住むことになった。そのとき、父が一緒だったかどうかは、ハッキリ覚えていない。

0412diana ross
(ベリーとダイアナと)

子どもはいつも手の届くところにいるもの、と思い込んでいた母が心配したのは当然で、「あの子たち、何をしているの?今はだれのところにいるんですか?その人たち、いい人かどうか、わかるの?」など、長距離電話で父に尋ねていた。


「大丈夫だよ、あの子たちに悪いことなど、起こるわけがないじゃないか」と父は安心させるように答えていた。


母はそんな言葉を聞くと、しばらくは心配も薄らぐのだが、あたしたち子どもが全員で一つの屋根の下で再び暮らし始めるまで、完全に心が安らぐことはなかった。


今でも、子どもたちが一人でも遠い所に住んでいると思うと、いたたまれなくなるらしい。


インディアナでは、残されたものはみんな、男たちがいなくて大変寂しかった。


インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第二章その2へ続く

まさにモータウンと二人三脚の結束で大成功への階段をかけあがっていくのですね。何度読んでもワクワクしてしまう私です(苦笑)。

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(1973年ダイアナとジャクソン5)

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