スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

うろつきマイケルラトーヤ自伝第九章よりその3

0817Michael-800.jpg


インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)
酸素室のミステリー騒動は…「放っておけばいいよ。思いたいように思わせておけばいいさ。どっちみち、彼らはでっち上げるんだから」


第九章その3

ときどき、あたしと家族はマイケルにこう助言した。人目を避けてばかりいないで、もっと公の率直に意見を言うべきである、と。しかし、弟の返事はいつも同じであった。


つまり、言いたいことは全部その歌の中に含まれており、つけ加えなくてはならないものは何もないとのことであった。

ある国内の週刊ニュース誌が、マイケルのコメントを歪めて報道するまでは、彼は自由にインタビューに応じていた。マイケルは、海外の飢餓状態の子どもたちを訪問してあげたいと話したのに、記者はあやまってその言葉を引用し、彼が子どもたちの餓死を見るのが楽しみにしているように書いたのである。


弟はこれまで見たこともなかったような怒りを見せて、こう誓った。「もう、これまでだ。これからは2度とインタビューは受けない」そして、どうしても応じなければならない重要な問題を除いて、彼はこの誓いを守ってきた。


1983年以降、マイケルはごく少数のインタビューにしか応じていない。マイケル・ジャクソンからの直接の引用だと称する読み物の多くは、全くのフィクションである。


過去数年間の旋風の中で、マイケルに起きたすべての出来事を考えてみると、彼が人々やその動機についてより疑い深くなり、防御的になってきたのは驚くにあたらない。


マイケルは、ビジネスで取引する相手について十分知ることができないからと理由をつけ、あらゆる機会を利用して相手のことを調べた。相手の机の引き出しの中まで、のぞいたのである。


母方の祖母が“うろつき”と呼んだマイケルの行動を、あたしは何度かじかに見たことがある。予定よりも早く到着して、あたしたちがある役員室ですわって待っていた時のことである。


秘書が役員室のドアを閉めたとたん、マイケルがぬき足さし足でデスクの周りに近づき、すばしこく引き出しを開けたり閉めたりして、即座に中身が何であるか見取るのであった。


「お願いだから、そういうことをするのはやめて、すわってちょうだい」とあたしは叱った。ところが、マイケルは相変わらず開けて、のぞいて、閉め、開けて、のぞいて、閉めを繰り返したのである。


ドアノブに手がかけられたと感じ取ると、マイケルはさっと席に戻り、壁いかかった絵にじっと見入っている振りをした。


ある時、役員が急いで入ってきて冗談交じりに言った。「お待たせしている間、退屈はされなかったでしょうね」

---------------
(^-^)スパイのようなことをしていたマイケル。この癖ちょっと有名だったんですよえぇ。ランディだったかジョークでやり返してた。
ここ⇒「マザー」第三章踊りだしたマイケル-マイケルののぞき趣味より

-------------

ラトーヤ自伝第九章その4へ続く

その他の海外芸能人←最新情報はコチラ♪
マイケル最新情報はマイケル・ジャクソンの軌跡を綴るブログ




コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
プロフィール
マイケルとフレディ・マーキュリーを こよなく愛すオバさんです(^-^)
そしてタケウチのパンが大好きな私、 そんなワタシの最強の愛読書がこれ
ブランジュリ タケウチレシピレビュー

ラトーヤファン

Author:ラトーヤファン
FC2ブログへようこそ!

リンク
ぶろぐ村
フリーエリア
  • SEOブログパーツ
アクセスランキング
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ダイナミックアド楽天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。