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ジャック・ゴードン登場ラトーヤ自伝第八章よりその3

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


いよいよ問題の?ジャック・ゴードンが登場しました。
このあたりジャックに関する記述は少しばかり怪しい内容も有る気がします、がまずは読者の方々にお任せするとしましょう。



マイケル・ジャクソンの思い出


第八章その3

マルチ・ミリオン・セラーの商売を差し引いてしまったら、わざわざジョーゼフと面倒な関わり合いになってまで、彼とビジネスをする値打ちはなかった。このことは、あたしを含むジョーゼフの数少ない歌手やタレントたちの仕事までつまずかせるものになった。

dress latoya


1984年、テレビの音楽番組、〈ソリッド・ゴールド〉で、あたしは2回ほど、共同ホスト役を務めた。ジャック・ゴードンという実業家がこの番組であたしを見て、別のテレビのミュージック・ショーのためにパイロット・テープを作らないか、とジョーゼフに持ちかけてきた。


この話はうまく実現しなかったものの、ジャックは父と仕事をするようになり、父の個人的な資金面や雑多なショービジネス・プロジェクトを取り仕切るようになった。


あたしの家族の最近の主張とはうらはらに、家族はたちまちジャックが気に入ってしまった。彼はよくあたしたちの家の客となり、ジョーゼフとの打ち合わせがすんだあともまだ家にとどまって、母、マイケル、ジャネット、ジャッキーそれにあたしとおしゃべりをし、トンクやスクランブルなどのゲームをしたり、テレビを観たりした。


ジャックと父は変わらぬ友人となった。何より驚いたことに、あたしも彼が好きになった。彼は温厚で、面倒見がよかった。エンタテイメントの世界で出会う多くの人々は、自分のことばかりに夢中になっているが、ジャックは違っていた。


クリスマスのときには、ロサンゼルスの貧しい地区の子どもたちにおもちゃを与えたりした。ジャックに出会うまでは、あたしの兄弟のような目立った例外を除いて、すべての男性は父同様、生来的に邪悪な生き物だ、とあたしは決めてかかっていた。でも、あたしがどんなに間違っていたか、しだいにわかって来た。


ここまできて、今これを読んでおられる方は、あたしが本当に彼を好きになったと思われるかもしれない。マスコミは繰り返し、あたしたち2人のロマンスを憶測したが、そんなことはどうぞ忘れてください。


ジャックとあたしは単なる友人であり、現在は、そのうえマネージャーとアーティストの関係であって、それ以上のことは全くない。彼があたしに求婚した、と家族はあとで話しているが、完全な誤りである。・


その夏、ビクトリー・ツアーがニューヨークにきたとき、あたしはマディソン・スクエア・ガーデンで兄弟たちが公演するのを見るためにニューヨークへ飛んだ。ジャックもちょうどニューヨークに来合わせており、あたしと家族といっしょにヘルムズリー・パレスで夜、食事をした。


大変楽しいひとときだったが、あたしたちの警備主任、ビル・ブレイがジャックを疑い深そうにじっと見ているのに気づいた。あたしたちのファミリー・ビジネスでは高額の金銭を扱うため、ジャクソン家のビジネスに関わるようになった新参者については、その経歴などを調査するのが決まったやり方だった。
(ビル・ブレイの記事はこちら)


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元警官であるボディガードのビル・ブレイの判断に狂いがなかったとしたら、確かにジャック・ゴードンは不透明な感じがしたのかもしれない…
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ラトーヤ自伝第八章その4へ続く


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