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世界へ発信ウィ・アー・ザ・ワールドラトーヤ自伝第七章よりその17

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫



第七章その17

あたしは、少なくとも自分では質素と思えるマスタード色のブレザーと黒いパンツをはいていた。ところがベットは、何度かあたしのほうを振り向いて冗談を言った。「どうしてそんなにおめかししているの?あたしが普段着を着ているみたいじゃないの」彼女はシンプルなジャンパー姿で、ほとんど化粧っ気もなく、自然のままでいるほうが居心地よさそうに見えた。


大スターが集まった時によく見られる光景とは違って、酒も麻薬もなかった。ただ、人々は互いに助け合い、相手の肩をマッサージしてあげたり(夜遅くなったので)、思いやりある態度で「大丈夫ですか?何か持ってきてあげましょうか」と尋ねたりしていた。


スタジオにはみな真剣な目的で集まってきていたけれど、レコーディングの合間に参加者たちはみな大変楽しく過ごした。スティービー・ワンダーが情熱をこめてリフ(反復楽節)を歌い始めたので、みな手を叩いて「ゴー・スティービー!その調子だ!」などと応援した。


また、全員でハリー・ベラフォンテのヒット曲〈バナナ・ボート・ソング(デーオー)〉を歌ったりした。誰も計画したわけではないが、みんながバナナ・ボートを歌い始め、手拍子が入り、調子に乗ったのだった。


ほとんどの人たちは、午前3時ごろにレコーディングを終えたが、マイケルと他のソリストたちは明け方まで続けた。各シンガーにそのパートをどのように歌ってほしいか、マイケルがしつこく注文したので、時間がかかったのである。


レコードは3月初めに発売され、以来、世界の飢餓と戦うための膨大な基金が寄せられた。このような活動のために集まったアーティストとともに仕事ができたのは、実に光栄だった。


〈ウィ・アー・ザ・ワールド〉は、マイケルの心の中でいつも特別の位置を占めるものだと思う。それは、世界の利益のために役立つ音楽の力を、鮮やかに証明したものと言えるだろう。

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シャーラ♪と歌うマイケルの秘話やもっと詳しいウィ・アー・ザ・ワールド の記述はコチラ→ウィ・アー・ザ・ワールドその1クインシー・ジョーンズ自叙伝へ
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ラトーヤ自伝第八章その1へ続く


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