スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ジャネット・ジャクソンの駆け落ち事件ラトーヤ自伝第七章よりその12

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


第七章その12

マーロンの気持ちはよくわかったけど、彼を失った打撃は大きかった。初めてジャッキー、ティト、ジャーメインそれにランディと、5人に満たないジャクソンズが舞台に上がることになったのだった。気がつかなかったけれど、別の1人がすでにグループを離れていた。


debarge.jpg
(ハンサムはジェームスは下左側?)

ビクトリー・ツアーが半分ほど進行していた9月のことだが、ジャネットが長年のボーイフレンドだったジェームス・デバージと駆け落ちしたのだ。
(2005年に隠し子騒動がありましたね、その時の子どもが本当はいて女の子だとかどうだとか…barksニュース←記事はこちら)


ジェームスは有名なモータウン・ファミリー一座の一員で、デバージの名で売り出していた。


ジェームス、マーティ、エル、ランディそれに妹のドニーがデバージを結成する前に、兄のボビイとトミーがスイッチというファンク・グループに入っていた。

janet and debarge



そのスイッチは、ジャーメインがマネージメントとプロデュースを引き受けていたグループだった。兄のジャーメインは、1981年にデバージとモータウンが契約するとき、その橋渡しをしている。


デバージ・ファミリーは、ジャクソンズと共通点が多かった。同じ中西部(ミシガン州グランドラピッズ)の出身で、10人の子どもたちは厳しく育てられた。


ジャネットとジェームスは何年か交際していたが、彼らの駆け落ちは家族全員にショックを与えた。何しろ、マスコミに報道されて初めて知ったのだから!


janet  latoya2


ジャネットとあたしは、当時かなり仲が良かった。彼女が連絡してくるのは、家族の中ではあたし1人だった。ジャネットが自宅から電話をしてきた時、あたしは兄たちとツアーに出ていた。


その夜、彼女はグランドラピッズに飛行機で行くと言い、そのわけを話してくれた。


「ジャン、そんなことしちゃダメよ」
「ラトーヤ、そうしなきゃならないの。でも誰にも話さないでね」
「とにかく話し合いましょうよ。本当に、こんなことしたいと思ってるの?」
「そう、どうしても実行するの」
「仕方ないわ。誰にも言わないからね」あたしはその約束を守った。


この秘密の結婚を知った兄弟たちは多いに動揺した。
「ジェームスのやつ、とんでもないことをやってくれたな、してやられたよ」と、誰かがぶつぶつ言っていた。


ジャネットは18歳、ジェームスは21歳だった。いろんな意味で典型的なジャクソンスタイルの結婚だった。


ただ違っていたのは、この新しいカップルがまもなくヘイブンハーストに住み始めたことだった。


ジェームスは優しくて気前も良かったけれど、ちょっと落ち着かないところがあった。彼も兄弟たちも、ミュージシャンの世界にはびこっていた悪い影響から、あたしたちほどには保護されていなかったのだ。

---------------
ジャネットの駆け落ち(でも住まいはヘイブンハースト??)結婚はジェームスのある行動によりすぐに終わりを迎えてしまうんでしたよね。
-------------

ラトーヤ自伝第七章その13へ続く

その他の海外芸能人はコチラ←最新情報はコチラ♪

マイケル最新情報はマイケル・ジャクソンの軌跡を綴るブログ

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

WII みんなで冒険! ファミリートレーナー

昔ファミリーコンピューターで

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
プロフィール
マイケルとフレディ・マーキュリーを こよなく愛すオバさんです(^-^)
そしてタケウチのパンが大好きな私、 そんなワタシの最強の愛読書がこれ
ブランジュリ タケウチレシピレビュー

ラトーヤファン

Author:ラトーヤファン
FC2ブログへようこそ!

リンク
ぶろぐ村
フリーエリア
  • SEOブログパーツ
アクセスランキング
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ダイナミックアド楽天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。