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ラトーヤ自伝第七章その3 1万ドルの贈り物

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


マイケル・ジャクソン VISION【完全生産限定盤】 [DVD]


第七章その3

孫が生まれると、世のおじいちゃんたちは、それまで仲の悪かった自分の子どもたちとの関係を修復しようという気になるものだ、とほかの家族から聞いたことがある。

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悲しいかな、ジャクソン家はそうはいかなかった。
つい最近まで、父は自分の16人の孫の名前すら言えなかったのではないだろうか。


父は赤ん坊だったあたしたちに関心を持とうとしなかったように、自分の孫にもまったく無関心だった。



ところが、兄弟たちときたらこれとは正反対に、赤ん坊とさえ見ればまるで人を押しのけるようにして突進し、抱き上げてはあやす有り様なのだ。


「ぼくに抱かせてくれよ」
「いや、ずいぶん長く抱いたじゃないか」
「見ろよ、なんて可愛いんだ」
「まったくだ、笑顔が何とも言えない」


といったふうに、あたしたちの楽しい思い出のいくつかは、母のことや兄弟姉妹でわけ合ったよき時代でのことが中心になっている。

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ある日、あたしは兄弟に「あなたたちはしょっちゅうヨーロッパに行ってるけど、あたし、お母さんを連れて初めてヨーロッパに出かけるのよ」と、からかうような口調で言った。


その旅は、母と二人だけの特別なものだったが、出発前、マイケルがあたしに1枚の封筒を手渡して、「飛行機が上空まで行ったら、これ、お母さんに渡してよ、オーケー?」と、頬笑みを浮かべながら言った。


何だろう、と思った。離陸するとすぐ、バッグからその封筒を取り出し、「これ、マイクが渡してくれって」と母に手渡した。


「あたしに?」母は驚いて尋ねた。母は子どもたちから立派な贈り物をたくさんされていたが、いつもそのひとつひとつを初めてもらうように喜んで受け取っていた。


このときは、封筒の中に1万ドルの現金と1枚の紙が入っていて、母の大好きな歌の1つ〈ムーン・リバー〉につぎのような歌詞が書き添えられてあった。


“2人の漂流者、いま世界の旅へ…見るものかくも多き世界の旅へ…”。読んでいると、涙がにじんできた。


“どうか、楽しんできてください。しりごみせずに、何でもやってみましょう、ただ、まっしぐらに。お母さんの人生です、楽しんでください。愛するマイケルより”という献辞を読み終わった時、母もあたしもわあわあ泣き始めていた。


乗客はみんな、あたしたちをじろじろ見つめ、スチュワーデスは、何かご用は?としきりに尋ねていた。
(ムーン・リバーと言えば映画「ティファニーで朝食を)の有名な曲ムーン・リバー ~オードリー・ヘプバーン・スクリーン ・テーマ・ベスト


マイケルは母にぜいたくなプレゼントをしたあと、また贈り物をしながら、「お母さんには最高のものをあげたいんだ」といつも言っていた。


家にやってくる宝石商にも、「最高級品を持ってくるように」と命じていた。
トレーの上に並べられた金やダイヤモンド、そのほか宝石類を見て、マイケルとあたしはいつも迷った。


あたしには意見は求めるものの、弟は、結局は自分で選んだ。たいていはシャンデリアのようにキラキラした、大きくて派手なものだった。


その大きなダイヤモンドの入ったけばけばしい指輪などをかざしながら、「お母さん、きっとこれを気に入ってくれるよ」と、大声で言ったものだった。


「マイク、お母さんはそんな指輪好きじゃないわよ。そんなのはね、センスのないお年寄り向きだわ」

「いいさ、ラトーヤ。これがいちばん高くって、高級品だからプレゼントするんだ。それに、こんなのを欲しがっていると思う」


マイケルはあたしの言葉などまるで気にかけないのだ。
「いいえ、欲しがっていないわ」とあたしは言ったが、女としてのあたしの直感はやはり正しかった。


母はそんな宝石類を大事にしていたが、決して身につけようとはしなかった。そして、せっかく贈ってくれたのに気楽に使えない自分に気がとがめる思いをしていたようだった。


「あんまり立派すぎてね、わたしには似合わないんだよ」と、母はあたしに本心を打ち明けていた。


わが家のいちばんのお祝いは「母の日」だった。伝統的な5月第二日曜日ではなく、たいていは母の誕生日の直後にお祝いした。


母のびっくりする顔が見たいので毎年は行わなかったけど、1年1年と前回より盛大になっていった。


そのいちばん盛大な最後の母の日は1984年の春だった。

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んーん、なんて微笑ましい絵になる光景…赤ん坊を抱き上げあやす(スウィート)!
マイケルがフライトしたキャサママへ、1万ドルと手紙の贈り物をしたのは非常に有名になった話ですが、1991年頃は1ドル135円くらいだったでしょうか、ならば135万円くらいですね。すごいですよね!

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ラトーヤ自伝第七章その4へ続く

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