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マイケルは偽善者ラトーヤ自伝第九章よりその6

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)

ビクトリー・ツアーでは膨大な裏方業務があったにもかかわらず、マイケルは各地にある王国会館を見つける専任者を雇ったのである。集会の1つでも出席し損なわないようにするためであった。

第九章その6

このツアーで立ち寄ったある場所で、マイケルと母は集会に遅れて出席した。彼らはホールの後ろにそっと席を見つけてすわった。


演壇で、エホバの証人の1人がこう説教していた。「…今日、ここにお集まりのみなさんの誰もが、マイケル・ジャクソンのような偽善者であってほしくないと思っています。マイケルは、エホバの証人だと信仰を告白しながら、世界中の人々にためにステージで仕事をしています」


マイケルが涙ぐんで聞いていると、この証人は当の本人がホールにいることに全く気がつかずに話を進めた。「…彼を称賛しないでください!彼をアイドルにしないでください!」


これは、単に1人の人の意見ではなく、教義に従ったものであった。
この宗教団体の公の出版物である『ものみの塔』は、エホバの証人に対し次のことを奨励している。


「魔女、悪魔または魔人に言及した言葉または視覚的なもの」を含んだレコード・アルバム及びビデオテープを証人が持っている場合は、それらを処分すること、並びに「かような芸能人を宣伝したTシャツまたはジャケット」を着用してはならないことである。


この日、説教した証人はマイケルだけを取り上げて非難したわけではなかったものの、この説教を聞いて、弟は傷つけられたのである。でも、礼拝の後マイケルはこの証人のところに近づいて握手をし、「大変素晴らしい説教でした」とあいさつしている。


マイケルは、その人気、彼の音楽、ビデオそしてステージでのダンスが、この宗教の一部の信者を深く悩ませていることに気づいた。


もう1つの非難は、彼が富の中にどっぷりと浸かっていることであった。この世は束の間の世界であるため、エホバの証人は成功を求めて努力する必要はないと考えていたからである。


あたしの信者仲間の証人が、あたしを物質主義者だと評して、一時、悩んだことを覚えている。なぜなら、あまり高くないポリエステルよりも、あたしが天然繊維の生地を好んだからである。


ポップ・アイドルであるということで、長年の間マイケルを非難してきたエホバの証人が、1984年のある夜を契機に、具体的な措置をとった。


この1984年の秋、マイケルはグラミー賞で記録破りの、8部門での受賞を果たしたのである。翌朝早速、古参の信者の1人がマイケルに最後通牒(つうちょう)を突き付けた。


つまり、マイケルは音楽と宗教のどちらかを選ばなければならなくなった。「あなたがおやりになっているのは間違ったことです」とこの古参の証人は言明した。

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大勢の信者の前で仲間である、ひとりのアーティストをけなす、賞賛しないでくれと演説するってこと、それがつまり偽物の宗教だって証明してるようなものでは?
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ラトーヤ自伝第九章その7へ続く

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手癖の悪いマイケルラトーヤ自伝第九章よりその5

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)
「さあ、ラトーヤ、始めるよ!姉さんはこの部屋、ぼくはあの部屋だ。終わったら、ここに戻るんだ」そう、うろつきタイムの始まりだった。


第九章その5

「なんですって?マイケル、あなたが信じられないわ」
「いいからさ、あまり時間もないし」と彼は柱時計に目をやった。


「葬式はそんなに長くかからないからね」マイケルは、この素晴らしい古い家にあるチェスト(収納箱)や、引き出しや戸棚の中を熱心に見た。この家には、骨董品、ちっちゃな装飾品、それに“ママ”が大事にしていた可愛い人形などがいっぱい詰まっていた……。


「マイケル」と私は繰り返した。「パパが亡くなったばかりだというのに…」
「そう、ラトーヤ。もしぼくたちがパパとママの物を探し出しておかないと、他の人が勝手に取ってしまうんだよ」マイケルのこの考え方に、あたしはあまりいい気持ちはしなかった。


というのは、パパは相当な土地を持っており、多額の現金を家のどこかにせっせと貯えていたからである。


「かなり深いところまで手を突っ込まないと…」とマイケルは引き出しの中身の、下の方に手を入れた。「こういうところに、いいものが全部入っているのさ」

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(ビル・ブレイ)

あたしたちについていっしょに家に残ったビル・ブレイはお金を探したかったけれど、マイケルは祖父の形見だけに関心があった。何という光景だろう。マイケルは引き出しを開け、ビルの方は金がどこに隠されているのかな、と声に出しながら歩きまわっているのだ。


「金のことは忘れろよ!」といらいらしながらマイケルが叫んだ。「金はいつだってもうけられるさ。ここに、きれいな、すごい物があるよ。たとえば、これ、ラトーヤ。これは姉さんがとっておかなければね。それ、ママの物だよ」


彼は光沢のある一連の真珠をかざした。「きっとママがまだ若い時に手に入れたものだね。ママは、これを姉さんにあげたいと思っているよ」


「いいえ」とあたしは首を振った。「こういう物はだまってもらうわけにはいかないわ。あなただってそうよ、マイケル」


「もし、今もらっておかないと、もう二度とは見られないよ。姉さんにも分かっているくせに」彼はそう主張して、自分のポケットに小さな装身具や、宝石類、それに他人には価値のない思い出の品々をどんどん詰め込んだ。


あたしは何もとらなかった。でも、今は残念に思っている。というのは、他の親戚の者たちが、あとできれいに家の中を片づけてしまったからだ。


みんながお葬式にから帰ってくると、マイケルは再び落ち着いた。もの柔らかな言葉を使う元の自分に戻っていた。みんなは、葬儀の間に何が起きていたのか想像もつかなかったろう。


弟のマイケルについて、マスコミはとっておきのニュースを掘り当てることに忙しかったため、“エホバの証人”に対する彼の信仰も知れ渡ってしまった。


ビクトリー・ツアーでは膨大な裏方業務があったにもかかわらず、マイケルは各地にある王国会館を見つける専任者を雇ったのである。集会の1つでも出席し損なわないようにするためであった。

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なんか…いいの?マイケルそんなことして~~(^-^)なんて言いたくなるけど私もやりそうな気がする。
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ラトーヤ自伝第九章その6へ続く

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マイケルのどうしようもない癖ラトーヤ自伝第九章よりその4

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)
ドアノブに手がかけられたと感じ取ると、マイケルはさっと席に戻り、壁いかかった絵にじっと見入っている振りをした。ある時、役員が急いで入ってきて冗談交じりに言った。「お待たせしている間、退屈はされなかったでしょうね」

第九章その4


「ええ」
あたしはすまして答えた。「マイケルは、あなたの引き出しを全部開けて見て回りましたのよ」役員は大笑いしていた。そんな面白い話は、聞いたことがなかったのである。


役員は自分の椅子に腰をおろしながら、まだくすくす笑っていた。「マイケル・ジャクソンのような方が、私のオフィスに興味を持たれるとは!非常に愉快な話だ!」というわけで、万事順調に終わったのだった。


マイケルがなぜこういうことをするのか、あるとき、あたしに話してくれたことがある。


「人は誰かと会うとき、外観をつくろうからね。その人が読んでいる本を見たり、薬棚に何が置かれているか見たり、引き出しを開けて見たりするのが、その人の本当の人格を知る唯一の手段だからね。


もし、姉さんが本当に誰かを知りたいと思うなら、その人の寝室のいちばん下の引き出しを開けてみるといいよ。これで全部わかってしまうんだ!」


マイケルは、このうろつき癖をやめることができなかった。1986年、母方の義理の祖父が亡くなった時の話である。この祖父の妻、つまりあたしの母の母である。


“ママ”は、エンシノの老人ホームに入っていたが、卒中になったあと衰弱状態が続いていた。ジョーゼフを除き、あたしたちの家族は母と合流するためにアラバマ州のハーツボロ(アラバマ州ハンツヴィルのことか?)に飛んだ。


ただし、マイケルとあたしは葬儀に出席しないことを申し合わせていた。これは、あたしたち二人が“パパ”を嫌っていたからではない。


実を言うと、マイケルとあたしがまだ幼かったころ、葬儀に参列して何らかの理由で非常に怖い体験をしたからである。


お葬式の朝、みんなが協会に行くために祖父の家から列を作って出ていくとき、マイケルは厳粛な顔でひとりひとりに別れの挨拶をした。


「じゃ、またあとでね……、さよならマーロン……バイバイ、ティト―……」そして最後の兄弟がドアの外へ出たとたん、マイケルはバタンとドアを閉め、くるっと回って叫んだ。


「さあ、ラトーヤ、始めるよ!姉さんはこの部屋、ぼくはあの部屋だ。終わったら、ここに戻るんだ」そう、うろつきタイムの始まりだった。

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その人の寝室のいちばん下の引き出し、か。私も心がけてみよう…?(^-^)
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ラトーヤ自伝第九章その5へ続く

うろつきマイケルラトーヤ自伝第九章よりその3

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)
酸素室のミステリー騒動は…「放っておけばいいよ。思いたいように思わせておけばいいさ。どっちみち、彼らはでっち上げるんだから」


第九章その3

ときどき、あたしと家族はマイケルにこう助言した。人目を避けてばかりいないで、もっと公の率直に意見を言うべきである、と。しかし、弟の返事はいつも同じであった。


つまり、言いたいことは全部その歌の中に含まれており、つけ加えなくてはならないものは何もないとのことであった。

ある国内の週刊ニュース誌が、マイケルのコメントを歪めて報道するまでは、彼は自由にインタビューに応じていた。マイケルは、海外の飢餓状態の子どもたちを訪問してあげたいと話したのに、記者はあやまってその言葉を引用し、彼が子どもたちの餓死を見るのが楽しみにしているように書いたのである。


弟はこれまで見たこともなかったような怒りを見せて、こう誓った。「もう、これまでだ。これからは2度とインタビューは受けない」そして、どうしても応じなければならない重要な問題を除いて、彼はこの誓いを守ってきた。


1983年以降、マイケルはごく少数のインタビューにしか応じていない。マイケル・ジャクソンからの直接の引用だと称する読み物の多くは、全くのフィクションである。


過去数年間の旋風の中で、マイケルに起きたすべての出来事を考えてみると、彼が人々やその動機についてより疑い深くなり、防御的になってきたのは驚くにあたらない。


マイケルは、ビジネスで取引する相手について十分知ることができないからと理由をつけ、あらゆる機会を利用して相手のことを調べた。相手の机の引き出しの中まで、のぞいたのである。


母方の祖母が“うろつき”と呼んだマイケルの行動を、あたしは何度かじかに見たことがある。予定よりも早く到着して、あたしたちがある役員室ですわって待っていた時のことである。


秘書が役員室のドアを閉めたとたん、マイケルがぬき足さし足でデスクの周りに近づき、すばしこく引き出しを開けたり閉めたりして、即座に中身が何であるか見取るのであった。


「お願いだから、そういうことをするのはやめて、すわってちょうだい」とあたしは叱った。ところが、マイケルは相変わらず開けて、のぞいて、閉め、開けて、のぞいて、閉めを繰り返したのである。


ドアノブに手がかけられたと感じ取ると、マイケルはさっと席に戻り、壁いかかった絵にじっと見入っている振りをした。


ある時、役員が急いで入ってきて冗談交じりに言った。「お待たせしている間、退屈はされなかったでしょうね」

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(^-^)スパイのようなことをしていたマイケル。この癖ちょっと有名だったんですよえぇ。ランディだったかジョークでやり返してた。
ここ⇒「マザー」第三章踊りだしたマイケル-マイケルののぞき趣味より

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ラトーヤ自伝第九章その4へ続く

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高圧酸素室で永遠の命?ラトーヤ自伝第九章よりその2

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)
「でも不公平じゃないか。どうして新聞や雑誌は、お前をこういうふうに扱うのかね。本当のことじゃないんだもの、なんとかしなきゃね」
「でも、何をしようというの?」とマイクが尋ねた。



第九章その2

「お母さん、弁護士が言ったことを覚えているでしょう。こういう雑誌はね、たったひと言つけ加えてあれば文句は言われないんだよ。つまり、好き勝手なことを書いて、そのあとに『……と噂されている』とか『……と思われる』と加えれば、法律に引っかからないんだ」


「それはわかっているけど、でも…」
「お母さん、もう忘れましょうよ」と、母をなぐさめるためにあたしが口をはさんだ。


「そんなこと、なかったようにしているのが一番だと思うわ。あたしたちは本当のことを知っているんですもの」


とはいうものの、真実は時にはすごくとらえにくいことがある。マイケルやあたしたちのことで、新聞が書こうとしないものは何だろうか、とあたしたちは思うようになった。


妙な記事はたくさんあるが、何とも奇怪だったのは、いわゆる高圧酸素室に関するものであった。タブロイド版のふざけた記者によると、マイケルは永久に死なないために自宅でその酸素室に寝ていると言うのだ。


ヨーロッパの記者は、独自の見解を持っていた。それによると、弟がそのような部屋で寝るのは、肌の色を薄くするためであった。


マイケルがガラスのドームに入ってテーブルの上に横たわっている写真は、それがすべて本当であると一般大衆に思い込ませる何よりの証拠だった。


実際は、この“高圧酸素室”とは博物館の陳列ケースであった。マイケルが博物館を見て回っていたとき、彼がケースの中でポーズをとったら面白いだろうな、と誰かが思いついた。かれは仕方なくそんなポーズをとったのだった。


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それが、そのように雪だるま式にふくらむとは誰が予想していただろう。この酸素室のミステリー騒動は、どの新聞にも大々的に書き立てられ、マイケルはあきらめた調子で言った。


「放っておけばいいよ。思いたいように思わせておけばいいさ。どっちみち、彼らはでっち上げるんだから」

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しかしこの高圧酸素室が博物館の陳列ケースであると今だ知らない方、いらっしゃるのじゃないでしょうか…
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ラトーヤ自伝第九章その3へ続く

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マイケルの整形は?ラトーヤ自伝第九章よりその1

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


第九章その1

人目にさらされることの多い有名人は、お世辞どころか、自分に対する露骨な中傷記事を否応なしに読まされるものだ。


でもマイケルは、人気者の中でも、マスコミ、特に芸能ニュースやスキャンダル専門のタブロイド版新聞の犠牲になることが多かった。弟マイケルに関する暴露記事は、毎週のように掲載されていたと思う。


どこから仕入れてくるのか、”マイケル、エリザベス・テイラーのために殿堂を建設中“、などというバカバカしい記事から、彼を傷つける”マイケルはゲイだ“というような記事まで、いかにも本当らしく書き立てられていた。


これらのうわさは、こんな記事のおかげで多くの読者は何もかも“真実”と思い込まされ、そんなうわさ話がマイケルやあたしたち家族の心をひどく傷つけたのである。


たとえばマイケルの美容整形に関して言うと、弟は非常にハンサムな青年だったが、ただそのルックスをもっと良くしようと思ってやっただけである。


公平な考えを持つ合理的な人々までが、なぜこれに反対するのか、あたしにはわからない。マイケルは公衆の目にさらされる公の人であるとしても、このようなことは、彼自身の問題である。


ところが、新聞や雑誌などは、マイケルの顔について人の興味を引きつける記事をあれこれと書いた。わたしたち自身は買ったことがないが、労働者などが捨てていったそんなタブロイド新聞が家の周りによく散らばっていた。


母はいつも、自分の子どもについて言われたことや書かれたものを、まるで自分のことにように感じていたらしい。


20年以上もスポットライトを浴びてきて、あたしたちはみんな、どんなことを書かれても平気になったと言いたいところだけど、なかにはひどすぎる記事があった。


マイケルの整形手術前と手術後の写真に、そのうわさされた手術の手順をわざわざ小さな矢印で説明していうのを母が見たとき、彼女は、もう我慢できなくなった。


母はかたわらにマイケルを置き、そのマイケルの写真をテーブルに広げ、それぞれの写真を指で指しながら腹立たしげにこう説明した。


「これはお前の青春真っ最中のころで、顔はふっくらとしてまん丸だった。これは、最初に菜食主義者になった時のもの、ずいぶんスリムでほお骨が突き出ているのがわかるでしょう。ここでは、夏だったから皮膚がうんと黒かった。でも、こっちの写真ではあまり黒くないのは、ブラッシュが近すぎたためよ」


母はテーブルを叩きながら、顔をしかめて抗議の声を上げた。「新聞の連中は、なぜ、こんなことがわからないんだろうね」


「お母さん、一般の人たちは、こんなことちっとも知らないんだよ」マイクが言った。
「でも不公平じゃないか。どうして新聞や雑誌は、お前をこういうふうに扱うのかね。本当のことじゃないんだもの、なんとかしなきゃね」


「でも、何をしようというの?」とマイクが尋ねた。

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わが子が傷つけられるのを悔しい思いでずっと見てきたに違いないキャサリンママ。ありもしないことばかり書いて、部数をあげるメディアは私には人間のクズに思えてしまいますが、それだけ人気者だったということ?…でもマイケルに対してはひどすぎました!

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ラトーヤ自伝第九章その2へ続く

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べーツ・モーテルから逃げおおせるラトーヤ自伝第八章よりその15

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

(前頁より)
「約束してくれるね」と彼は少年のように聞いた。「絶対に戻ると約束してくれるね」「もちろん約束します」やっとフィルの気がおさまり、しぶしぶとラーチにあたしを行かせるように命じた。


第八章その15


あたしは何げない振りをして、ぶらぶらとドアの外に出た。しかし、ひとたび彼らから離れると、あたしは一目散に逃げた。どうか神様、車の中にキーがありますようにと念じた。


運よく鍵があり、あたしは急いで車の中に飛び込み、ドアをロックし、エンジンをかけた。後ろを振り返ると、フィルが戸口に立っており、あたしに戻るように手招きをした。


次いで、ラーチに大声で「彼女をつかまえろ!つかまえるんだ!門を閉めろ、彼女を出て行かせるな!」と叫んだ。


あたしはペダルを踏んでスピードをあげ、ちょうど閉まる前に鉄の門をくぐり抜けた。そのあと、慎重に狭い道を下っていった。


あたしはがたがた震えながら運転し、ランディの元ガールフレンドの家に行ったが、ジュリーは留守だった。さて、どうしようか。  今度はジャックの家に行ったが、同じく留守だった。


エンシノに帰るにはひどく取り乱していたため、しばらく同じ場所をぐるぐる車で回っていた。再びジャックの家の前を通ると、明りがついていた。彼がドアの所で返事をすると、あたしは玄関の広間でへなへなとくずれた。


「いったいどうしたんですか?」とジャックは当惑して尋ねた。
「お願い、助けて」とあたしは息を切らした。「助けて!」
「何、何が起きたんですか、ラトーヤ」


「フィルよ、フィル・スペクター」

ジャックは、「もう、言わなくてもいい」といった表情をした。「ご両親に電話をかけて、大丈夫だと知らせてあげなさい。後は万事オーケーだから」


彼は、エンシノにダイヤルして、あたしに受話器を渡した。「あたしのことは心配しないで、大丈夫だから」そう言うのが精いっぱいだった。


あたしがフィルの家から逃げ出したとたん、フィルがあたしの両親を電話で脅迫したことは全く知らなかった。彼は父に、「彼女をそこでかくまっているんだろう。わたしのところへ帰さないつもりだろう!彼女は戻ると約束したんだ。今から、そっちへ出かけて、お前の頭をピストルで撃ち抜いてやるから!」と絶叫した。


ジョーゼフについて一言言えるのは、誰も彼を脅すことができなかったことである。「やれるならやってみろ」とジョーゼフは威嚇した。「オレがそっちに行って、きさまの頭を撃ち抜いてやるんだから!」


「そうかい、それならオレはマグナム銃で待っているからな!来れるものなら来てみろ!」


その夜遅くなってから知ったことだが、そんなやり取りの最中に、あたしの電話が自宅に入ったのだ。だから、当然のことながら両親はフィルがあたしを人質にして、あたしに大丈夫だと言わせたのだと思ったのである。


両親はあたしの電話のあと、すぐに心配し始めた。というのは、あたしがまだフィルの家におり、フィルはあたしに話しかけているようなふりをしたからである。父は警察を呼ぶ、とわめいた。本当に大混乱だった。


気を持ち直したあと、あたしは自分で車を運転して家に帰った。玄関の中に入り、重い足取りで階段を上がって自分の部屋に行くと、母、ジョーゼフ、マイケルそれにジャネットが集まって心配していた。


その奇怪な夜の出来事を一部始終話すと、映画今日のマイケルはこう言った。
「ラトーヤ〈サイコ〉の中のべーツ・モーテルってなにか知らないの?人が殺される場所だよ」


「そして、絵の中の目がくり抜かれていた点だけど…」と、ジャネットはすぐに気がついたように話した。「あの映画の中でも、のぞき穴があったわよ」


わざわざ〈サイコ〉なんか観る必要はありません。あたしはたった1人で、あの恐い2,3時間に耐えたのだ。悪夢はとっくに過ぎ去ったのに、それからしばらくの間、後遺症が残った。


次の、1,2か月の間、あたしは1人で家にいることができず、明りをつけてジャネットといっしょでない限り、自分の部屋で寝ることもできなかった。


家の中で安全にいられることのありがたさを、しみじみと考えたあの頃のことは、いつまでも忘れないだろう。

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ジョーゼフ父、子供の言い合いみたいですがすごい勝つ気満々で<(_ _)>
べーツ・モーテルばりのフィル・スペンサー家であるじは何をしたかったのかしら?

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ラトーヤ自伝第九章その1へ続く

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