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変態のぞき穴ラトーヤ自伝第八章よりその12

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫



第八章その12

やっとフィルが現れたとき、彼はその邸宅と同様、時代錯誤のような格好をしていた。黒いキューバン・ヒールのビートル・ブーツとラッパ・ズボンを履き、髪は長く伸ばしたプリンス・バリアント・ヘアーカットであった。


彼は1986年ではなく1966年の時代に生きているようであり、40代半ばではなく、自分をまだティーンエイジャーのように思っているようだった。

phil specter2


この訪問中、フィルはずっとあたしから目を離さなかった。彼は、あたしのレコードのための曲を作っていると自慢した。


「あなたの頭に浮かんだ曲を、是非お聞かせいただきたいものですね」と言って、あたしは黒いコンサート・ブランドピアノに向けてジェスチャーを示した。「それとも何か弾いていただけるかしら」


「いや、だめだ!」とフィルは神経質そうに答えたあと、すぐに落ち着いた。「もう1度お会いしましょう。いろいろとアイディアがありましてね」


「はい、わかりました」とあたしは返事しながら、彼は恥ずかしがり屋なのかもしれないと思った。ダニーと一緒に帰る途中、あたしはいくつかの条件をつけた。


「ダニー、正直言って、フィルは少し変人だと思ったわ」ダニーはまた心配しないようにと言い、あのプロデューサーは確かに風変わりだが、危険な人ではない、と話した。「オーケー、ダニー、あなたがそうおっしゃるなら…」

phil specter-1

翌日、フィルはあたしの家に電話してきた。
「よく聞いてください。ラトーヤ」と真剣な調子で言った。「私はあなたと2人だけで仕事をしたいんだ。レコード会社からは誰にもついてきて欲しくない。あなたとわたし、2人だけでやるのだ。そうすれば、かなり仕事もはかどるしね」



その日、薄暗くなってから、あたしは1人、車で彼の家に向かった。ドアのところでラーチが迎え、居間に案内してくれた。サテンの長椅子に座ったところ、前日に出されたチーズとフルーツが冷蔵庫に入れられず、しなびた状態でそのまま同じテーブルに置かれてあるのに気づいた。



うっ!吐きそうだわ。ラーチが居間から出て行き、ドアを閉めたあと、カチャッと鍵のかかる音がした。それから1時間半の間、ラーチは何度も居間に戻り、「バスルームをお使いになりませんか?」と丁寧に尋ねた。


なんておかしな質問だろう、とあたしは思った。「いいえ、結構です」フィルのバスルームにはのぞき穴があり、そこからフィルは客の様子をうかがっていたことを、あとで知った。


「何か食べ物あるいはお飲み物はいかがでしょうか」
「いいえ、ありがとう」あたしは、だだっ広い部屋の中をぶらぶら歩きながら、家具調度に感嘆したり、何冊か古い本をめくってみたりした。ペーパーバックの1冊は、フィルに関するものであった。


フィルが決まって、訪問者を家に閉じ込め、銃で脅すことなどが書かれているページを、あたしは不安な気持ちで読んでいった。読みながら、誰かがあたしをスパイしているのではないかと感じだ。


でも、いったいどうしてそんなことが……。あたしはたった1人なのだ。ふと、壁にかかっていたポートレートの1つを見上げると、目の位置に穴が開いているのに気づいた。
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え?1人でフィルの家にきてしまって…ラトーヤそれはやばいんじゃないの…
のぞき穴って…なんで来客をのぞくんだろう?

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ラトーヤ自伝第八章その13へ続く


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危険区域責任負わずラトーヤ自伝第八章よりその11

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


MICHAEL

第八章その11

所属する新しいレコード会社の社員ダニー・デービスは、彼がよく知っているフィル・スペクターに会うよう助言してくれた。


もちろん、あたしは1960年代初期におけるフィルの多くのミリオン・セラー・レコード、たとえば、ロネッツ・ライティアス、アイクとティナ・ターナー、クリスタルズなどのヒット・ナンバー、それに彼のユニークなシンフォニー風の〈ウォール・オブ・サンド〉スタイルを知っていた。


またフィルは、ビートルズの〈レット・イット・ビー〉、1970年代のジョージ・ハリソンとジョン・レノンのアルバムなどもプロデュースした。しかし全盛期のあと、フィルはジョンの未亡人のヨーコ・オノ、パック・グループのラモンズ、その他に1つないし2つのグループのレコーディングを手がけただけであった。

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フィルの好みは確かに偏っていないように思われ、また伝説的人物と言われるほどの人だったので、あたしは彼に会うのを楽しみにしていた。


ダニーとあたしが、車でハリウッドヒルズのサンセット大通りのはずれにあるフィルの家に向かう途中、「このプロデューサーを、ちょっと変わっているという人もいますがね、そう……」とダニーは話していた。そして、「しかし、あなたとフィルはきっとうまくいくはずです」彼はあたしを安心させた。確かに車が環状道路へ入って行くまで、あたしは何も不安は感じなかった。


スピード・バンプ(スピードをダウンさせる段)の上を飛び上がりながら、あたしたちはいくつかの警告標識を見た。それは、フェンスに電流が流れており、屋敷内には攻撃用の犬と武装した警備員がいることを警告するものだった。


あたしの目に入った標識の1つには、“危険区域・責任は負いません”と書かれていた。


フィルの邸宅は堂々としたイタリア式の建物で、ホラー映画のセットにもなりそうであった。背の高い、無表情の使用人があたしたちを迎えた。この使用人はごろつきのような男だったので、それにふさわしい名のラーチと呼ぼう。


入口を入って行くと、まるで違う時代に入ったようであった。まだ日が沈む前の夕方早かったのにもかかわらず、家の内部は薄気味悪いほど暗く、ろうそくだけが灯されているように見えた。


室内の装飾は古色蒼然とした、いかにもヨーロッパ風のもので、無数のぎらぎら光るシャンデリア、表面が大理石のテーブル、何だか埃っぽいサテンとベルベットの長椅子、金箔をかぶせた木背の表紙がついた古書、そして高さが6メートル以上もある天井からは、重厚なベルベットのカーテンがかかって、フラシ天(注※ビロードの一種)のじゅうたんまで重々しく届いていた。


まるで何年も人が足を踏み入れたことがないように、あるものすべてがかび臭かった。どこからともなく陰気な音楽が流れ、それにラーチのおどろおどろしい感じが気味悪さをさらに深めていた。


ダニーとあたしは30分ほど居間で待っていた。フィルは、あたしたちに会うために本当に下に降りて来るのだろうか、とあたしは思った。ダニーはラーチが運んで来たチーズとフルーツを、皿からつまんで食べていた。


やっとフィルが現れたとき、彼はその邸宅と同様、時代錯誤のような格好をしていた。黒いキューバン・ヒールのビートル・ブーツとラッパ・ズボンを履き、髪は長く伸ばしたプリンス・バリアント・ヘアーカットであった。
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をを、怖い!ラトーヤ、……このぞっとする屋敷にいったい何があるんだろう?そしてフィルとはどんな人物なんだろうか?彼女の観察力もすごい
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ラトーヤ自伝第八章その12へ続く


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もう死にたい睡眠薬手にラトーヤ自伝第八章よりその10

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


MICHAEL


第八章その10

たとえこのような遅い段階であっても、父との関係は、よい方向に向かって転換していくのではないかと考えずにはいられなかった。しかし、あたしは間違っていた。

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日本に到着し、ホテルに入った。ジャックのスイートルームにいたとき、彼はジョーゼフに毎日している現況報告の電話をかけていた。あたしは雑誌のページをめくりながら、ジャックの話していることをふと耳にした。


「しかし、ジョー、わたしがいっさいをコントロールし、あなたは関与しないと約束したではありませんか」


あたしは泣きだした。あたしはなんてばかだったのか。父の話はあまりにもウマすぎることを知っておくべきだった。


「あいつは、オレのものだ!」父は電話でどなった。「オレが采配を振るのだ。あいつは、オレのもの。これからもずっとそうだ。オレのところから離しはしない」


これまでの屈辱と苦痛の歳月が波のように高まり、あたしを押し流していった。父はまたこんなことをやり出したのだ。あたしに嘘をつき、無力な子どものような気持ちにさせてしまった。


欲求不満、怒り、そして憂うつで打ちひしがれ、あたしは自分の腕を叩きながら号泣した。「父と一緒にいなければならないのなら、生きていたくない。死にたいわ!」

phil spector
(phil spector)

あたしはジャックのブリーフケースを開け、睡眠薬を取り出した。蓋を開けたとたん、ジャックが走って来てあたしの手からビンを放り出した。


「もうこんなふうにして生きてはいけないわ!本当に生きていけない。我慢ができない!」あたしは泣きながら叫んだ。


今、振り返ってみると、あたしは本当に死にたいと思ったわけではなかった。あたしが望んだのは、絶え間ない苦痛と打撃を終わらせることであった。ジャクソン家の子どもたちの中で、ある日、もう我慢の限界にきたと決心したのは、あたし1人だけではなかった。


実際、あたしたち兄弟の中には、父のもとで引き続き暮らすよりも、いっそ死のうか、と一時考えた者が何人もいる。


ジャックはあたしを何とか落ち着かせたあと、直ちにジョーゼフに電話した。「ジョー、彼女をあなたのもとから離してあげてください」と懇願した。


「彼女を自由にしてあげてください。このままでは、ラトーヤもいなくなり、あなたは誰のマネージャーでもなくなってしまいます。彼女は非常にみじめであり、死にたいと言っています。あなたは自分のやっていることがおわかりにならないんですか」


明らかに、あとのほうの言葉は父の心を少しばかり動かした。彼は一瞬考えた末、ジャックに言った。「よし、いいだろう。これまで通り分け前は半分とするが、口出しはしないことにする」


1986年、あたしはCBSの関連会社のプライベート・アイ・レコードと契約し、3枚目のアルバムのプロデューサーを探しはじめた。これは誰と仕事をするかを、父ではなくあたしが決定しなければならない初めての経験であった。あたしの所属する新しいレコード会社の社員ダニー・デービスは、彼がよく知っているフィル・スペクターに会うよう助言してくれた。

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フィル・スペクターとの恐怖物語が始まりますよ。
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ラトーヤ自伝第八章その11へ続く


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いっそ死のうか…ラトーヤ自伝第八章よりその9

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


The Official Michael Jackson Opus


第八章その9

彼女はあたしのために代弁する代わりに、あっさりとこう言った。「これはあたしの仕事じゃないわ。あたしには関わりのないことよ」これを聞いて非常に裏切られた気がした。



1984latoya.jpg


あたしはビジネスの交渉のために、日本へジェットで飛ぶ予定だった。ジョーゼフはあたしについて行くのをやめ、いろいろな事務処理のため、代わりにジャックに同伴を命じた。


出発前にあたしはジャックに、あたしのことで父に話してくれるように頼んだ。ジャックはこの申し出に従った。


「ラトーヤがあなたの元から離れるのを許してあげてください、ジョー」とジャックは父の理性に訴えようとした。「あなたがマネージャーであることを、彼女は嬉しく思っていないのです。それに、彼女のキャリアのためにあなたは何もしていないではありませんか。彼女のために、どうにかしなければなりません」


「あいつが嬉しくないって?」ジョーゼフは辛辣な返事をした。「よろしい、ではこうすることにしよう。きみがあいつのマネージャーになり、われわれ2人の間で分け前を半分ずつにする。わたしはこの問題からいっさい手を引く。君が完全にコントロールするんだ」


このような結果になるとは思ってもみなかった。あたしの周辺から父が完全に姿を消すわけではなかったが、これを聞いてぞくぞくした。ジャックはあたしのマネージャーとして第一の好みではなかったものの、彼は友人であり、味方でもあった。これはあたしが受け入れることのできる決定だった。


この良いニュースを知らせてくれた時、ジャックは、その会話のほとんどを詳しく話してくれた。しかし、ジョーゼフが「娘に自由を与えるよ、大丈夫。きみがあいつをマネージし、あいつがどの程度気にいるか見ることにしよう」と言った時、それが嘲笑的な口ぶりだったことは、ジャックは言わなかったのである。


ミュージック界では比較的新入りのジャックがあたしのマネージャーになれば、あたしのキャリアはじき終わるだろう、と父は本気でそう考えていたのである。そうなれば、あたしが父を離れたことの罰になるはずであった。


翌日、空港に行く前に、あたしはみんなに別れのキスをした。これまでに記憶している限り、あたしが体を寄せてジョーゼフにキスしようとする度に、彼は手を振って合図し、軽蔑した調子でこう言った。「キスしないでくれ。わたしもキスしないんだから」


ところが、この日、驚いたことに、「父親にさようならのキスをしないのかね?」
と言ってきた。呆気にとられながらあたしは父の言うことに従い、そのあとジャックとともに家を出た。


あたしは飛行機に乗り、生涯で初めて自由の身になった気がした。ジキルとハイド的な母の行動には引き続き戸惑ったものの、たとえこのような遅い段階であっても、父との関係は、よい方向に向かって転換していくのではないかと考えずにはいられなかった。

しかし、あたしは間違っていた。


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ラトーヤは虐待されていても、父を愛し父との関係を良いものにしたいと願っていたというのに・・・・
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ラトーヤ自伝第八章その10へ続く



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ジョー父を切るのよラトーヤ自伝第八章よりその8

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫




第八章その8

母の最近のこのような振る舞いに当惑したあたしは、ジョーゼフとの間にいっそう緊張を高めることになった。ジョーゼフはやはり死ぬほど怖かったけれど、あたしは前よりも彼に立ち向かっていくようになった。

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