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ラトーヤ自伝第七章その4ジャクソン家盛大なお誕生日会

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


マイケル・ジャクソン リアルカムバック 2006 《THE REAL COMEBACK Japan 2006》


第七章その4

母のびっくりする顔が見たいので毎年は行わなかったけど、1年1年と前回より盛大になっていった。そのいちばん盛大な最後の母の日は1984年の春だった。


何カ月もかけて準備をしたけど、あたしの担当はビバリーヒルズ一流のレストランであるビストロ・ガーデンに、始まる時間までに母を車に乗せて行くことだった。


計画はすごく細かなところまで練られていて、レストランに行く途中で互いにみんながすれ違わないよう道筋まで決まっていた。


例によってジャーメインが指揮をとり、あたしにこう注意した。『ラトーヤ、こもことは誰にも言いふらすなよ。もしパーティの前にお母さんにわかったら、ケツを蹴っ飛ばしてやるからな』


ジョーゼフは自分にしかできないやり方で、もうすこしで何かも台無しにするところだった。


2人だけでちょっと昼ごはん食べに行きましょう、とあたしが母をその気にさせ、早く身支度をして、とせかしているところに、とっくに会場に行っているはずの父が、「そうそう、オレもそろそろ“あの”レストランに出かけなきゃな」と、わざと何回もさも意味ありげに繰り返すのだった。


しばらくすると父は、「それじゃ行ってくるからな、ケイト。お前もこの前のレストランに行ったらどうだ?」と何食わぬ顔で言った。


「どのレストランですって?」
「お前もこのレストランにいくんじゃないのか?」父はどう見てもあたしたちの計画の邪魔をしようとしていた。


あたしは時計を見ながら、これでは遅れると心配になった。そこへジャーメインから電話が入った。


「まだそこにいるの!みんなもう集まってるんだよ」
「ジャーメイン、お母さん、まだお着替えすんでないのよ」
「なぜ早く着替えるよう急がせないんだよ。何かあったのかい?」


「ジャーメイン、落ち着いて。お母さんに無理は言えないわ。それにジョーゼフが何度も変なことをほのめかすし…。もしかしたら、ひがんでお母さんに言っちゃったかもしれない」


「ジョーゼフのやつ、殺してやるからな!」
「すぐ行くわ、じゃあとで」


父はやっと出かけて行った。あたしは母と車でビストロ・ガーデンへ向かった。店に入ると、その大きな部屋にみんなの叫び声が響いた。
(動画youtubeお誕生日会の様子は←こちら)


katharine jackson birth


「おめでとう!」
「まあ、うれしいこと!信じられないくらい」母は涙をこらえながら言った。その日はほとんど一日中、母はハンカチを目にあて、あたしたちは次々にプレゼントをした。


それぞれが、母をびっくりさせようと心をこめたものだった。子供のあたしたちや孫たちは、それぞれに詩を書いたり、歌を歌ったりスピーチをしたりして、どれほど母を愛しおばあちゃんを愛しているかを見せようとした。


マイケルが歌うと、いつもこの弟と張り合っていたジャーメインが立ちあがって、
「お母さんに“誰よりも”最高の歌を捧げます」と言い〈愛する母へ〉という歌をしみじみと心をこめて歌った。


母はまた涙を流した。それからあと、ジャーメインのこの歌を聞く機会があると、母はいつも涙ぐんでいた。


ランディはスピーチをした。「あまり言うこともありませんが、…」と話し始めると、「じゃ、なんでほかのものを用意してこなかったんだ?」と、ジャーメインが自分の席から笑いながらはやしたてた。


「兄さんのバカ!黙ってろよ」ランディが言い返した。
「さて、お母さん、あなたは本当に素晴らしい方です。あなたに、ほんの小さなプレゼントを用意しました」


というランディは母に箱をひとつ手渡した。その中には、ダイヤをはめ込んだ豪華な3センチ幅のアンティークブレスレットが入っていた。


そこで、あたしたちは母の大好きなカントリー・シンガー、フロイド・クレーマーを登場させた。クレーマーは、母のためにわざわざロサンゼルスまで飛んできたのだ。

floyd cramer
(floyd cramer)

そのクレーマーが歌っている間、母は頭を振りながら、「信じられない!」と何回も感激していた。(※ピアノの魔術師とも呼ばれたフロイド・クレーマーはエルビス・プレスリーのレコーディングでも有名。)


デザートになる前に、母をプレゼントが置いてある表の方へ連れて行った。
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なんて素敵な時間でしょうね。キャサリンママのために皆で愛をこめてお祝いする…あ~素敵なジャクソン・ファミリー!だけどジョー父はどこだろう?
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ラトーヤ自伝第七章その5へ続く

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ラトーヤ自伝第七章その3 1万ドルの贈り物

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


マイケル・ジャクソン VISION【完全生産限定盤】 [DVD]


第七章その3

孫が生まれると、世のおじいちゃんたちは、それまで仲の悪かった自分の子どもたちとの関係を修復しようという気になるものだ、とほかの家族から聞いたことがある。

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悲しいかな、ジャクソン家はそうはいかなかった。
つい最近まで、父は自分の16人の孫の名前すら言えなかったのではないだろうか。


父は赤ん坊だったあたしたちに関心を持とうとしなかったように、自分の孫にもまったく無関心だった。



ところが、兄弟たちときたらこれとは正反対に、赤ん坊とさえ見ればまるで人を押しのけるようにして突進し、抱き上げてはあやす有り様なのだ。


「ぼくに抱かせてくれよ」
「いや、ずいぶん長く抱いたじゃないか」
「見ろよ、なんて可愛いんだ」
「まったくだ、笑顔が何とも言えない」


といったふうに、あたしたちの楽しい思い出のいくつかは、母のことや兄弟姉妹でわけ合ったよき時代でのことが中心になっている。

Smile_by_yummiedesire.jpg


ある日、あたしは兄弟に「あなたたちはしょっちゅうヨーロッパに行ってるけど、あたし、お母さんを連れて初めてヨーロッパに出かけるのよ」と、からかうような口調で言った。


その旅は、母と二人だけの特別なものだったが、出発前、マイケルがあたしに1枚の封筒を手渡して、「飛行機が上空まで行ったら、これ、お母さんに渡してよ、オーケー?」と、頬笑みを浮かべながら言った。


何だろう、と思った。離陸するとすぐ、バッグからその封筒を取り出し、「これ、マイクが渡してくれって」と母に手渡した。


「あたしに?」母は驚いて尋ねた。母は子どもたちから立派な贈り物をたくさんされていたが、いつもそのひとつひとつを初めてもらうように喜んで受け取っていた。


このときは、封筒の中に1万ドルの現金と1枚の紙が入っていて、母の大好きな歌の1つ〈ムーン・リバー〉につぎのような歌詞が書き添えられてあった。


“2人の漂流者、いま世界の旅へ…見るものかくも多き世界の旅へ…”。読んでいると、涙がにじんできた。


“どうか、楽しんできてください。しりごみせずに、何でもやってみましょう、ただ、まっしぐらに。お母さんの人生です、楽しんでください。愛するマイケルより”という献辞を読み終わった時、母もあたしもわあわあ泣き始めていた。


乗客はみんな、あたしたちをじろじろ見つめ、スチュワーデスは、何かご用は?としきりに尋ねていた。
(ムーン・リバーと言えば映画「ティファニーで朝食を)の有名な曲ムーン・リバー ~オードリー・ヘプバーン・スクリーン ・テーマ・ベスト


マイケルは母にぜいたくなプレゼントをしたあと、また贈り物をしながら、「お母さんには最高のものをあげたいんだ」といつも言っていた。


家にやってくる宝石商にも、「最高級品を持ってくるように」と命じていた。
トレーの上に並べられた金やダイヤモンド、そのほか宝石類を見て、マイケルとあたしはいつも迷った。


あたしには意見は求めるものの、弟は、結局は自分で選んだ。たいていはシャンデリアのようにキラキラした、大きくて派手なものだった。


その大きなダイヤモンドの入ったけばけばしい指輪などをかざしながら、「お母さん、きっとこれを気に入ってくれるよ」と、大声で言ったものだった。


「マイク、お母さんはそんな指輪好きじゃないわよ。そんなのはね、センスのないお年寄り向きだわ」

「いいさ、ラトーヤ。これがいちばん高くって、高級品だからプレゼントするんだ。それに、こんなのを欲しがっていると思う」


マイケルはあたしの言葉などまるで気にかけないのだ。
「いいえ、欲しがっていないわ」とあたしは言ったが、女としてのあたしの直感はやはり正しかった。


母はそんな宝石類を大事にしていたが、決して身につけようとはしなかった。そして、せっかく贈ってくれたのに気楽に使えない自分に気がとがめる思いをしていたようだった。


「あんまり立派すぎてね、わたしには似合わないんだよ」と、母はあたしに本心を打ち明けていた。


わが家のいちばんのお祝いは「母の日」だった。伝統的な5月第二日曜日ではなく、たいていは母の誕生日の直後にお祝いした。


母のびっくりする顔が見たいので毎年は行わなかったけど、1年1年と前回より盛大になっていった。


そのいちばん盛大な最後の母の日は1984年の春だった。

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んーん、なんて微笑ましい絵になる光景…赤ん坊を抱き上げあやす(スウィート)!
マイケルがフライトしたキャサママへ、1万ドルと手紙の贈り物をしたのは非常に有名になった話ですが、1991年頃は1ドル135円くらいだったでしょうか、ならば135万円くらいですね。すごいですよね!

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ラトーヤ自伝第七章その4へ続く

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ラトーヤ自伝第七章その2ジャクソン家の内部事情

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリ-
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


History


第七章その2

しかし、あたしがどこにどんな理由があって出て行こうと、父があたしを家に置きたいと思えば、どこからでも探し出して、引きずってでも否応なく連れ戻すことはわかりきっていた。うるわしいとは、とても言いかねる光景である。


これがわが家の典型的なやり方なのだが、翌朝、家族の誰もが何事もなかったように振る舞い、昨日の出来事を再び話し合うこともなかった。


それからの数年間、勇気を奮い立たせたり、すっかり絶望的になったりするたびに、いろいろと似たようなことが繰り返されたが、結果はいつも同じであった。


毎回、家出の企てが失敗するたびに、あたしはますます悲しい気持ちになり、自分の余生は本当にヘイブンハーストにしか残っていないのか、と感じられるようになっていった。


今になってあたしは当時を振り返り、わが身を責めている。
ラトーヤ、おバカさんね、どうして家を出なかったの?
必要なものは全部持っていて、失うものなんて何もなかったのに、と。



でも、あの頃は自分の力ではどうすることもできないほどに、愛と恐怖の念で身を引き裂かれる思いだった。


しかし何年も経たないうちに、自分には自分の人生を送る権利があると気づき、ついにはその道を見つけ出すことができたのだった。


あたしの家族にはいろいろ変わったところがあるが、その1つは、両親の行為がたとえどんなにあたしたち子どもを傷つけるものだとしても、“幸福なジャクソン一家”といった和やかな外観に、波紋ひとつ投げかけなかったことだ。


あたしたちはこの“幸福なジャクソン家”という表向きの看板を、世間に対してだけでなく自分自身にも掲げ続けていた。


矛盾していると思われるかもしれないが、父のそのような野蛮な行為や屈辱のさ中にありながら、あたしは今でも家族との美しい多くの思い出を大切に胸に秘めている。

jacksonfamily1.jpg


あたしたちはふざけ合ったり、冗談を言ったりして非常に親密だったし、みんな純粋に心からそう感じていたのだが、それは、実際に家庭内で進行していることを、自分たちで否定する口実になっていた。


家族生活の話を続けよう。
兄弟たちがファミリー・デーと称して、2,3週間ごとに自宅でのジャクソン家恒例の行事を始めたのだった。


たいていはあるテーマが設定され、例えばジャーメインの家など、裏庭にいろいろな娯楽や動物たちやゲームを集め、まるで本物のようなカーニバルをやるといったふうであった。


兄弟姉妹ばかりでなく姪や甥たちとも一緒に過ごせたので、あたしたちはみんなこのファミリー・デーを楽しみにしていた。


おわかりと思うが、兄弟たちは父の残酷な行為への反動のように、それだけ子どもへは深い愛情を注いでいた。


兄弟の1人が初めて父親になったとき、「ラトーヤ、ぼくはジョーゼフがぼくにしたと同じことを、自分の息子にしやしないかととても怖いよ」と、涙を流しながらあたしに話したのを覚えている。


しかし幸いなことに、兄弟たちはそれぞれに、父とはまったく違った態度で子どもに接している。


姪や甥たちはみんな行儀もよく、本当に気分のさっぱりした良い子たちだが、それは叩く代わりに愛情を示し、侮辱ではなく励ましを与えているからなのだ。


時に兄弟の1人が子どもに、「いいかい、パパがお前の年だったころは、そんなことをしたらお父さんに殺されていたよ」と言っているのを耳にしたりすると、あたしの笑顔も思わずこわばったものだった。


ジャッキー、ティト、ジャーメインそしてマーロンも、非常に穏やかで辛抱強い親だから、その息子や娘たちには父親が実際にわが子をたたくなんて信じられないことだった。


「ラトーヤおばさん、パパは小さい時、本当におじいちゃんになぐられていたの?」と、時々姪や甥たちに尋ねられたものだった。


そういうとき、あたしはただうなずくだけにして、すぐ話題を変えた。本当のことを聞かせたら、ジョーゼフおじいちゃんに対して幻滅するだろう、と思ったからではなかった。


孫が生まれると、世のおじいちゃんたちは、それまで仲の悪かった自分の子どもたちとの関係を修復しようという気になるものだ、とほかの家族から聞いたことがある。


悲しいかな、ジャクソン家はそうはいかなかった。
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ジャクソン家はいわば舞台を演じていたのだろうか、カーダシアン家のように?ジャクソン家のリアリティドラマも昨年末確かあったけど、あれも本当は違うのだろうか…
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ラトーヤ自伝第七章その3へ続く
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ラトーヤ自伝第七章その1かごの中の鳥ラトーヤ

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


マイケル・ジャクソン リアルカムバック 2006 《THE REAL COMEBACK Japan 2006》


第七章その1

“この生活が終わることはないのだろうか?
8歳の時と同じようにびくびくしながら、こうやって残りの人生を過ごすのだろうか?恐怖にうち震えながら?”

行くあてもなく、仕事のあてもなかったけれど、あたしは家を出た。



母が寝室に入ってきた時、あたしはスーツケースを半分ほど詰め終わったところだった。母は何も言わなかったが、その困惑ぶりと驚きは伝わってきた。


「引越しするわ。家から出て行きます」
母は一瞬あたしを見つめ、それからスーツケースに目を移した。信じられないものを見た目だった。


「家を出ちゃだめ、ラトーヤ、出て行かないで」と、母は懇願するように言った。あたしを脅して思いとどまらせようと、母はこれまで何回となく繰り返してきたことを言った(これからもそうするだろうが)。


「出て行くと危険よ。世間の人たちはお前が誰かも知ってるし、男があとをつけてくるかもしれない。誘拐されることだってあるのよ」


「でも、あたしどうしても出て行きます。もうこれ以上は我慢できないの」と、あたしは身の回りのものを集めながら言った。


廊下を隔てた寝室で聞いていた妹のジャネットが、あたしたちの話に加わった。「ラトーヤ、行かないで!行ってはだめよ!」


あたしは強く首を振り、両手にスーツケースを提げて歩き始めた。ドアまで来ると、突然、ジョーゼフの大きな体が前に立ちはだかった。「鞄を降ろすんだ、早くせんか」父が吠えるように言った。


父に立ち向かうなど、どこからそんな勇気がわいてきたのかはわからないが、あたしは強い口調で言い返した。


「いやだわ、あたし家を出るの!」
「よーし、通れると思うんなら、通ってみろ!」父はすごい目をした。


父がいきなり肩をつかんで、あたしを部屋に押し戻すような乱暴をしなかったら、あたしはきっと出て行こうとしただろう。


それにしても、りっぱに成人したひとりの女性に対し、どうしてこんなことができるのか。これでは、また6歳の頃に戻って、鞭で打たれた方がましかもしれない。


そんなことを考えながら、父に対する自分の無力さを、つくづく感じていた。


「もうお父さんにはついていけない!自分が家族全員の生活をむちゃくちゃにしているのがわからないの?」あたしは悲鳴を上げるように叫んだ。


妹は今にも父の激しい平手打ちが飛んできはせぬかと恐れ、あたしの腕をしっかりつかんで、「つまらないことしないで!ラトーヤ!出て行かないで!」と泣き声を上げた。


「まあまあ、座って気分を落ち着かせなさい。冷静になるのよ」叫びの中で、そんな母のなだめる声が聞こえてきた。


ジョーゼフは事態が収拾されたことに満足し、くるっと向きを変えて部屋を出て行った。


白いカーペットにスーツケースを放り出したまま、あたしはベッドに腰を降ろして激しく泣いた。嗚咽で息がつけないほどだった。


なぜ、なぜみんな、あたしを行かせてはくれなかったの!


「ラトーヤ、お前はこの家の人間なのよ。わかっているでしょう」母は子どもでも諭すように言った。「家を離れることなんてできないのよ、ね?わかった?」

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心は死んだも同然だわ、とあたしは思った。自由まで、あと一歩だったのに……あのドアから出て行きさえすればよかったのに……。


でも父の力づくの脅し、小さいころから心に植え付けられた母への感情、ジャネットの懇願と、すべてのものが超自然的な力であたしを抑えつけ、引き止めてしまったのだ。


ジャッキーやランディは黙って行かせたのに、その前にはリビーだって行かせているのに、なぜあたしにだけはこの不合理がまかり通るのだろう。


しかし、あたしがどこにどんな理由があって出て行こうと、ちちがあたしを家に置きたいと思えば、どこからでも探し出して、引きずってでも否応なく連れ戻すことはわかりきっていた。うるわしいとは、とても言いかねる光景である。
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何度も家を出ようと試みては失敗し、もがいていたラトーヤ。ジャクソン家の看板は彼女に、重くのしかかったいたのでしょうか。
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ラトーヤ自伝第七章その2へ続く

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ラトーヤ自伝第六章その18盗聴するジョー父

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


ヤング・マイケル・ジャクソン写真集 1974-1984 【初回限定版】


第六章その18

ビルは、この男は気がおかしくなっていて、本気で脅迫している、訴訟はやめたほうがいいとあたしたちを説得した。このことではみんな不愉快だったけれど、本当にこうするよりしかたなかったのだ。


あたしは門の外にいるファンのせいで囚人のような気持ちになったばかりでなく、自宅の中で囚人のようだと思った。


ジョーゼフはいつもあたしや兄弟たちの会話を立ち聞きしていた。今では内部通信装置や家中に張り巡らせた最新の盗聴装置を使って、話を盗聴するようになった。


父は相変わらずすぐかっとなった。あたしはいつもびくびくした生活をしていた。何かの理由で父と二人きりで家にいることになると、車に乗って何時間もあてもなくドライブした。


ジョーゼフがあとを追いかけてこようものなら、武装したガードマンでもあたしを救出できないということがわかっていた。


ある日、ジャネットの寝室の窓から、見知らぬ人が正門を通って入ってくるのを見つけた。玄関を通り、両親の部屋まで歩いていって、「誰か中庭に入ったわ。誰か知ってる?」と浅はかにも尋ねた。

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父は座っていたところから顔を上げ、突然火のようになって怒りだした。「この家を牛耳っているのはお前か?」ある続きの間に向かって戻り始めた。


ジョーゼフが、「オレがこの家の主人なんだ!家に来るようお前が頼んだのか?オレが来てもらったんだ!お前は何をしようというんだ?」と怒鳴りながらあたしにつきまとった。


これが15分も続いた。父は、「お前を窓から投げ出すぞ!お前を窓から投げ出すぞ!」と叫んだ。


「あたしが言ったことは…」
と言いかけると、ジョーゼフの後ろに立っていたマイケルが、指を唇に押しあて、やめろと首を強く振った。

joe and k11

父に向かって自分を弁護しようとしても、無駄で、危険なことは言うまでもないことだった。あたしは父が疲れ果てて部屋を出て行くまで、その場に立ったまま父の長いお説教を聞いていた。


あたしの心も頭もがんがん鳴っていた。命が消えていくように感じ、絶望に打ちひしがれてしまった。あたしは考えた。
 

“この生活が終わることはないのだろうか?
8歳の時と同じようにびくびくしながら、こうやって残りの人生を過ごすのだろうか?恐怖にうち震えながら?”


行くあてもなく、仕事のあてもなかったけれど、あたしは家を出た。

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(;一_一)?
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ラトーヤ自伝第七章その1へ続く

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ラトーヤ自伝第六章その17殺されかけたマイケル

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


ライヴ・イン・ブカレスト [DVD]


第六章その17

違反は何もしていないし、本人であることは間違いないのに、地元の巡査が弟の車を止め、免許証と登録証-------弟を引きとめておけるもの------を見たいと求めたことが何回もあった。


あとで正門にいる常連のファンからの話で、ある警官が、「いつかマイケル・ジャクソンの車を片側に寄せ、なぐりつけてやるんだ!なぜだって?奴がマイケル・ジャクソンだからだよ」と自慢そうに話していたことがわかった。


トラブルがマイケルのあとをつけているようだった。皮肉なことに、いちばん怖かったのは、マイケル・ジャクソン当人であることも知らなかった男に出くわした時だった。


マイケルと母は、ビル・ブレイが同行してアラバマ州の母方の祖父の家を訪問していた。


マイケルとビルは午後のドライブに出かけ、ガソリンスタンドに停まった。ビルがトイレに入っている間、マイケルは隣の店であれこれと商品を見ていた。


ビルが出てくると、驚いたことにマイケルが消えていた。「どこだ、ホモ!」弟の愛称でビルは大声で呼んだ。


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(bill bray)

突然、「助けてくれ!助けてくれ!」という声が聞こえた。マイクだった。店の中からの叫び声だった。ビルがドアから跳び込んで行くと、弟が床の上に体を丸め、白人が「お前の全部が憎いんだ!お前が憎い!」と、ぞっとするような毒々しい言葉で叫びながら、弟の頭や腹部を激しく蹴っていた。男は弟のことを、何回も何回も黒んぼと叫んだ。


背の高い中年のビルは、襲ってくる男を押さえつけ、数か所の深い傷から血を流して叫び声をあげていたマイケルに手を貸して起こしてやった。

「何が起きたんだ」とビルは尋ねた。


「奴が棒キャンディを盗もうとしたんだ!」男は弟を指差して言った。「何かポケットに入れるのを見たんだ!」


「やってないぞ!」マイケルは抗議した。
「いや、やった」


「ちょっと待て」ビルは疑いの目で言った。
「キャンディなんて大嫌いなんだ。だから盗むなんてことはしない。そう、棒キャンディを盗むなんてことがあるもんか」


襲った男は、その時相手が誰だか知らずにやったらしかった。彼にとってこの男は、ののしることのできる1人の黒人------黒んぼ-----に過ぎなかった。ビルはマイケルを急いで近くの病院に運び、傷と打撲の手当をさせた。


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母はアラバマから電話し、この事件をあたしたちに話した。あたしたちはみんな怒りと悲しみの声をあげた。どうしてこういうことがまだ起こるのだろうか。


ビルがいっしょにいなかったら、マイケルは殺されていたかもしれなかった。ジャーメインは激怒し、今にもアラバマにすっ飛んで行き、自分の手で制裁を加えかねない様子だった。


自警制度では問題の解決にはならないと、なんとか説得するまでだいぶ時間がかかった。


その代わりとして、店主を相手に訴訟を起こした。外に立っていた2人の少女が暴行を証言し、1人はマイケルのため証人に立つと申し出た。


あたしたちは、人種差別による暴力を阻止しなければ、と痛感したけど、あいにくこの事件では正義は優勢ではなかった。


人種差別者は、詫びる気持ちなどまったくなかった。それどころか、襲った黒人が有名人だとわかり、かえって憎悪の炎を燃やしたのだった。今にもマイケルを殺しそうだった。


ビルは、この男は気がおかしくなっていて、本気で脅迫している、訴訟はやめたほうがいいとあたしたちを説得した。このことではみんな不愉快だったけれど、本当にこうするよりしかたなかったのだ。

Rosa- Parks
(ローザ・パークス)

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本当にひどい事をする人間がいるんですね、アメリカの人種差別は根強いものがあるようですね。
アラバマといえば、インディアンの部族が虐殺されたことが有名ですね。
そして、何といってもローザ・パークス事件(1955年)が口火を切った公民権運動で知られた州です。ローザは公営バスに乗車中、運転手の命令に従わず、白人に席を譲ることを拒み人権分離法違反で逮捕された人です。公民権運動の母と呼ばれました。2005年亡くなっています。

それにしたって、マイケルの「ホモ」なんてニックネーム(;一_一)なんで?

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ラトーヤ自伝第六章その18へ続く

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ラトーヤ自伝第六章その16殺されたってかまわない!マイケルの宣言

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


Latoya Jackson


第六章その16

できる限り安全なように警備してあるけれども、こんな重大なことは真っ先にあたしに知らされるべきだろう。背筋が寒くなった。“今にもあたしの部屋に現れる”…あんなノーマルな人に見えたのに。


それで終わりではなかった。ある日の午後、車が門から出て行くと、赤い車があとをつけているのに気がついた。あの男だった!


握りこぶしを振りながら、「お前を殺す!オレを愛していないからだ!オレを認めていないからだ、オレを認めないで無事にすむ女はいないんだ!いいか、気が変になるほどお前に惚れているんだ!」と、顔を真っ赤にして絶叫していた。


どうやって追跡をくらまそうかと、反狂乱状態で考えていると、ハンドルを握る手は震え、涙で視界がぼやけてきた。あたしは目的地を変更し、ヘイブンハーストへと帰った。


幸いガードマンの1人が通りを疾走してくるあたしに気づき、スピードを上げて入るのに合わせてゲートを開けてくれた。


門が閉まった時、あの赤い車がそのわずか1メートル足らずのところにキーッと音をたてて止まったのだった。

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こんなことが起きたり、あたしの夫になるとか、あたしの子ども(これはニュース!)の父親からだとか、ばかげた手紙を受け取ったりする時は、それほど敵意に満ち、危険あふれる世にいるくらいなら、ヘイブンハーストの家の中にいるほうが安全だといつも改めて納得するのだった。


ある朝、家の中にあたし1人しかいず、部屋で眠っている時、玄関の外で騒がしい音がした。走っていってみると、ナイフを振り回しながら「ラトーヤ!ラトーヤ!」と叫び続けている男と、数人のガードマンが取っ組み合いをしていた。


あとでわかったのだが、その男はあたしを殺す使命を帯びてやってきた、理由はあたしが“彼のもの”だからだ、ということだった。この事件は本当にこたえた。


マイケルも同様だった。彼はボディガードに感謝したけれど、いらいらして彼らに「オレの背中から離れろ!近すぎるぞ!間隔をあけろ!」と噛みつくことがよくあった。


ある日、弟はもうこれ以上は耐えられないと考え、「そうだ、もう警備はいいぞ。殺されたってかまわない。一週間警備なしでやるつもりだ」と宣言した。


「マイク、それはできないわ」あたしはびっくりして言った。
「いや、できる。見てりゃいいんだ!」

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(ビル・ブレイ右)

弟は王国会館や仲間の家、その他2,3の安全な場所に1人で運転して行き始めた------警備主任のビル・ブレイが、彼の行くところには必ずついて行ったのも知らずに。(ビル・ブレイの記事はこちらへ)



マイケルは車の運転がうまいというわけではなく、ヘリ石に乗り上げたり、高速道路で急回転しそうになったりし、警備なしの一週間は決して大成功とは言えなかった。


家から3,4キロのところで車が故障したことがあり、弟はどうしていいかわからずに車道の真ん中に車を乗り捨て、有料電話のところまで走って「警備にオレを迎えに来させろ!」と電話をかけた。


また別のとき、ファンがいっぱい乗った数台の車がマイケルを取り囲み、車道に沿ってあとをつけ、彼の車をふさいで無理に止めてしまった。飛び出してきたファンは、「やぁ、さわって挨拶したいだけなんだ」と叫びながらマイケルのところに走ってきた。


「いいとも、いいとも」安心したマイケルは答えた。彼らがちょっとおかしい連中だと思い、立ちすくんでいたのだった。


一般市民だけでなく警察もうるさくつきまとい、マイケルの悩みになっている。あたしが特に怖いと思っているのが警察なのだ。


違反は何もしていないし、本人であることは間違いないのに、地元の巡査が弟の車を止め、免許証と登録証-------弟を引きとめておけるもの------を見たいと求めたことが何回もあった。
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スーパースターとして避けられぬ人々の視線、押し寄せに、マイケルは苛立ちながらも頑張ったんですよね~しかしこの一週間はうまくいかずさらに恐ろしい事件がマイケルを襲います…次の記事をお待ちを~~(^-^)
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ラトーヤ自伝第六章その17へ続く

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ラトーヤ自伝第六章その15恐怖のストーカーたち

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


ライヴ・イン・ブカレスト [DVD]


第六章その15

また、弟の目をひこうとして洋服をパッと脱ぎ、裸でうろうろしていた若い女の子たちのことを覚えている。この光景は、ただそれだけのことなら、たしかに見張りに明け暮れていた日々を明るくしてくれた。


ジャクソンズはみんなファンが大好きだけれど、ぽかんと見とれている人やサインをねだる人たちみんながみんな無害というわけではなかった。


すごく落ち着きのないファンがいるし、ジャクソンズ、特にマイケルとの関係で困った変な考えを持っているファンもいる。


いたるところに姿を現すある女性は、「イエス様がマイケルのためにあたしをここにつかわしたのです。あたしはマイケルの仲間なのです」とガードマンに訴えるのだった。


マイケルに会わせてくれなければ危害を加えると脅迫したので、警察が逮捕し一晩留置したけれど、翌日になるとまた門のところに戻ってきて、お願い合わせて、会わせなさい!会わせないと危害を加えるわよ!と繰り返すのだった。


ガードマンが午後の巡回をしていた時、ホーム・レコーディング・スタジオの寝椅子で眠っている女性を発見した。


隣のキャンディストアで手に入れた甘いお菓子やスナックを食べながら、見つからないまま何日もそこにいたらしかった。警察が留置場に引っぱっていったけれど、案の定、翌日またちゃんと戻ってきていた。


それから間もなく、マイケルとあたしは何回か高い階のバルコニーつきの彼の部屋でビデオを見ていた。変な音がしたので上の手すりを見上げると、こちらをじっと見下ろしている人の姿が見えた。


なんとこの前の女性だった!階段を降りてくるので、2人とも悲鳴をあげて駆け出して出口に急いだけれど、パニック状態だったので戸口で鉢合わせしてしまった。


まるでドタバタ喜劇の無声映画のようだった。どうにか押し分けて通り、廊下を走り抜け、あたしの部屋に逃げ込んで鍵をかけガードマンを呼んだ。やってきたガードマンはまた彼女をつまみだした。


別の日の朝、家族全員がすさまじい音で目を覚まし、何事かと走って表へ出た。小柄な若い女性がプールのまわりをドシンドシン歩き、声を張り上げながら、屈強な男が4人がかりでやっと置いた大理石像を倒しているのが見えた。


像をみんな倒すと、プールと泡風呂、ガス灯の加熱器に通じているガス栓をひねり始めた。


「みんな殺してやる!1人残らず!」その女性はヒステリックな金切り声を上げた。


ガードマンが来るのを待っている間、父は何とか落ち着かせようとした。2人が家の中に入り、父が「オーケー、名前は?どうやって入ったんだ?なんでこんなことをするんだ?」と問いただした。


彼女はジョーゼフ、母、マイケル、ジャネット、ランディ、そしてあたしの順で睨みつけ、スカートを持ち上げ、取り乱した声で、「名前はプッシー、みんなやっつけてやるんだ!みんなだ!憎らしいんだ!みんなマイケルのそばにいるからだ!」と叫んだ。


「何を言っているんだ?」
「みんなが憎らしいんだ!」


と彼女はあたしのほうを見ながら言い、「必ず生きていられないようにしてやる。神がお前たちを殺す!」と続けた。聞き飽きたあたしは部屋から出ていった。

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それ以後は警備を厳重にしたけれど、それでも心配の種は尽きなかった。本当に悲しいのは、どんなに素敵に見える人でも、見知らぬ人というだけでみな恐れるようになったということだった。


あたしにとって一番恐ろしい出来事のひとつは、寝室の壁紙を張るために雇った若い男のケースだった。


礼儀正しく魅力的な男性で、仕事をしながらあたしと打ち解けた会話を始めた。わずかばかりの仕事を仕上げるのに、わざわざまる一日もかけたという印象はなかった。


“彼は完璧主義者に違いない、素晴らしいことだわ”、そう思った。翌日、仕上げたところに戻って再点検したいと言い出したときも、別に変だとは思わなかった。


彼は戻ってきて、あたしたちはまた和やかに雑談した。サイン入りの写真と推薦状が欲しいと言うので、喜んでそれを渡すと帰って行った。


次にわかったのは、この男が、ラトーヤを愛している、会わせないのなら彼女を殺す!とガードマンに口走りながら、正門のそばをうろうろしていることだった。


「部屋はどこだかわかっている。調べてあるんだ、入り方も知っている」といったそうだ。


できる限り安全なように警備してあるけれども、こんな重大なことは真っ先にあたしに知らされるべきだろう。背筋が寒くなった。“今にもあたしの部屋に現れる”…あんなノーマルな人に見えたのに。


それで終わりではなかった。…
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毎日を見知らぬ人の脅迫や、見知らぬ人の狂信的な思いに苦しめられながら過ごしていたジャクソン家の人々…想像以上の日々を送っていたんですね。
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ラトーヤ自伝第六章その16へ続く

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ラトーヤ自伝第六章その14幻のマイケル義兄フリオ・イグレシアス

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


スリラー 25周年記念リミテッド・エディション(DVD付)

第六章その14

唇にあわてて軽くするキスでなく、本格的なキスなのだ。フリオが腕を伸ばしてあたしを抱き、「どうです、このウエスト!まるで小さなお人形さんだ!」と叫んだ時、まわりのひとはみんなこちらを見つめていた。


フリオはすごく情欲的な感じがする、あたしにはあまりにも情欲的だ、“彼から逃げ出そう”とあたしは思った。“でも、どうやって?”


フリオは不意に椅子に腰かけ、あたしをひざに引き寄せてキスを続けた。あたしはひざの上に乗った大きな赤ん坊みたいだった。


本当に背の立たない深みにはまってしまい、どうしたらしとやかさを失わずに逃げ出せるか、さっぱりわからなかった。自分の人生経験の浅さが痛いようにわかった。結局は、丁寧に謝って逃げ出したのだった。



フリオはまもなく、あたしたちファミリーの親友になった。一度家にやってきて、母に「もしお嬢さんと結婚することになったら、どう思われますか?」などと尋ねた。


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(2010年8月、20年間付き合ってきたミランダと親族だけの結婚式をした時の記念写真)


「彼の言うこと、気にしちゃダメよ。ほんの冗談なんだから」とあたしは言った。

フリオは本気で、「いいかマイケル、いつの日か君の義兄になれるんだぞ」と続けた。


あとでマイケルはあたしに言った。「ラトーヤ、フリオは本当に好きなんだよ、そう言っていたもの」


「ところでマイク、何をしてもいいけど、あたしの部屋にある彼の写真は見せないでね、お願いよ」ああ、あたしはなんておバカさんだろう。次にやってきた時、弟はフリオをあたしの寝室に案内したのだ。


まもなく町中の人が、あたしの“惚れ込んだ男”について知っているようだった。本当は違うのに、たまたまフリオの音楽が好きだっただけだったのに。
ロマンスには興味がなかった。


ある日、クインシー・ジョーンズがやってきて、フリオの家を買ったと言った。彼はあたしをからかって言った。「これで、ぼくのこともフリオと同じくらい好きになってくれるかい?」


しばらくして、ニュージャージー州のアトランティックシティで偶然フリオに会い、この時もキスしようとしたけれど、あたしは唇をしっかり閉じた。


彼はスペイン訛りで、「ラトーヤ、きみはおばさんみたいにキスする!」と叱った。彼はあたしを抱きしめ、そこに触れたらオーケーという人がいるらしい場所を触り続けた。


でも、あたしは違っていた。フリオはそういうことをする人なのだ。でもありがたいことに、やっとフリオはあたしを離してくれた。




このころから、スーパースターになったマイケルのもとには、地位や金銭目当てに彼を利用したいとか、前途が開けるように力になってほしいという女性がどんどん集まってきた。


あたしが一番恐れていうのは、女性が彼を愛する理由が、性格や人物というより彼の名声や地位のためであることに、弟が気づかないことだ。


これは有名人なら誰でも悩む問題だけど、弟は異性とつきあった経験が本当に乏しいので、ちょっと厄介だと思う。


もしマイケルが結婚するなら、同じような有名人か、彼のことなど一度も聞いたことのない人のどちらかになる、とあたしはよく言っていた。


マイケルが世間の注目を浴びてからもう15年も経っているのに、〈スリラー〉のヒット後、マスコミはまるでマイケルが別の惑星から着いたばかりのように扱った。


弟は有名人であるばかりでなく、“非凡の人”となり、その影響は想像を絶するほどの規模になった。


家ではヘイブンハーストの門の外でぶらぶらしているファンの群れが膨れ上がっていった。なかには何年も立ち続けていたファンもいた。わたしは家族と一緒に自分の家の前で子どもたちが成長していくのを眺めている。


学校でオールAの成績をとることを条件に、母親からマイケルを見るために立っていてもいいという許可をもらった若者を思い出す。彼は実際にオールAをとったのだ。


また、弟の目をひこうとして洋服をパッと脱ぎ、裸でうろうろしていた若い女の子たちのことを覚えている。この光景は、ただそれだけのことなら、たしかに見張りに明け暮れていた日々を明るくしてくれた。

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ラトーヤ、フリオと結婚していたらすごいことになってたんでしょうかねぇ~。Wikiによると邸宅は世界中数か所、資産5000億ドルということになっていますね。(^-^)
「そこに触れたらオーケー」な場所って???

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ラトーヤ自伝第六章その15へ続く

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