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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その1ラトーヤとマイケルの二人暮らし

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

Mind Is the Magic: Anthem for the Las Vegas Show


その1

マイケルは小さい頃から歌手という職業についていたので、普通の幼年時代らしい生活は知らない。


たぶんそのせいで、いつも空想的な物語や映画などが好きだったのだろう。お気に入りの映画には〈ET〉、〈オズの魔法使い〉、それにウォルト・ディズニーの〈ピーターパン〉などがあった。


だからマイケルは、最近ブロードウェイでヒットしたミュージカル〈オズの魔法使い〉のモノクロでの再映画化にあたって、スケアクロー(かかし)の役に飛び付いたのである。

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ところが何と皮肉か、この映画の配給権をとったのはモータウン・レコード社だった。ダイアナ・ロスが、すでに主役のドロシー役に決まっていた。


足元はふらふらしているが哲学的なスケアクローの役には、テレビのシリーズ番組〈グッド・タイムズ〉に出演しているジミー・ウォーカーなどの並いる俳優たちを押さえ、弟のマイケルがオーディションに勝ち残った。


弟はうれしさで胸をわくわくさせていた。マイケルとあたしはこの舞台を何回も観ており、劇自体も大好きだった。


中でも〈ホーム〉という歌は、家族と、そしてもちろん、あたしたちにとっては特別の意味を持つ家庭というものへの、心にしみ入る賛歌であった。


1977年の夏、マイケルとあたしは撮影が行われているニューヨークへ飛んだ。母も同行してくれて、あたしたちがサットンプレース・アパートに落ち着くのを手伝ってから、エンシノに帰っていった。

(*タラボ本には、キャサリンにマイケルのお世話係として共に暮らすよう命じられた、とはなっています。どういういきさつでこうなったかの経緯はここでは書かれていません)


マイケルもあたしも、もう選挙権を持つ年頃になっていたのに、家を離れて暮らすのはなんとこれが初めてであった。


ニューヨークと聞けば恐ろしいことばかりで、犯罪、残忍な行為、不親切な人々といったイメージが浮かび、そんなところに二人で暮らすのはちょっぴり怖かった。


しかしニューヨークはまた、冒険に飛んだ素晴らしい都会でもあった。
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(stephanie mills)

セットが組んであるところまでマイケルに付き添って行かないときは、ブロードウェイでドロシー役を演じたステファニー・ミルズと時間を過ごした。


自分が考え出したドロシーの役づくりを、ダイアナ・ロスがそのまま利用しているといって、ステファニーはふくれていた。

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(stephanie mills michael)

そのほか、ダイアナの弟のチコとときどき映画を観に行った。これまで映画館へは数えるほどしか行ったことがないし、ドライブインへはインディアナ州にいた頃、家族そろってたった一回連れて行かれただけである。


こんな具合でめったに観なかったので、ドライブインで観た映画は今でもよく覚えている。ショーン・コネリーがジェームス・ボンド役で出演した〈ゴールド・フィンガー〉だった。


チコは誰の目にもあたしに夢中になっているのがわかり、ダイアナなど、ふたりは結婚するのではないかと思ったほどだった。


あたしも彼が好きだったが、それはどちらかといえば兄弟に対する愛情のようなものだった。


一日の撮影が終わってアパートに帰ってくると、マイケルはこう言ってあたしをからかった。「ダイアナが今日はなんて言ったと思う?“ラトーヤはチコにぴったりだわ、あのふたり、いっしょになればいいのに。だって弟はちょっとわがままだし、ラトーヤみたいなひとが必要なのよ”と、こうだよ」

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物まねがすごく上手なマイケルは、ダイアナの声やしぐさをそっくりまねたので、観ているあたしは、つい大笑いしてしまった。


母はときどきアパートに来ては、2,3日泊っていった。そんなある日、いっしょに撮影を観に行ったが、ちょうどスケアクローが意地悪な魔女ノーブリンの奴隷工場で机にくくりつけられ、今にも丸ノコで半分に切断されるというシーンだった。


丸い金属の刃がブーンと唸り始めた瞬間、「息子をテーブルから降ろして!息子になんてことするの!」と、母がいきなり悲鳴をあげた。


「カット!」


監督の声が響くと、マイケルは母のところに駆け寄ってきた。そして、「母さん、映画なんだよ、全然心配ないんだから」と笑いながら安心させるように言った。

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初めて親の元を離れて、ラトーヤとマイケルの二人暮らしがニューヨークで始まりましたねぇ~。二人で冒険に繰り出し、いろんなことを知るんでしょうか…
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その2へ続く
 
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その2コカインの誘惑

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


息子 マイケル・ジャクソンへ ~天国への遺言状~

その2

監督の声が響くと、マイケルは母のところに駆け寄ってきた。そして、「母さん、映画なんだよ、全然心配ないんだから」と笑いながら安心させるように言った。


ところが母は頑固だった。「マイク、うっかりして刃がすべることだってあるんだよ。そしたら事故になるじゃないの。お願いだからやめて!」


「母さん、あの刃はぼくじゃなくて人形(ダミー)の中を通っていくんだよ」
「そんなこと知らないわよ。とにかく何が起こるかわからないんだから」



そんなわけで、結局このシーンは母のいないときに撮り終えた。誰が何と言おうと、特殊効果を使った撮影はうっかりすると事故につながるという母の心配は、少しも和らがなかった。


6年後、マイケルがテレビコマーシャルの撮影でひどい火傷を負ったとき、その母の心配は現実のものになったのである。PEPSIの事故の記事


マイケルとあたしは、この映画に出演していたほかの人々、たとえばディック・グレゴリー、ニプシー・ラッセル、クインシー・ジョーンズたちと親しくなった。


世間の人もそうだが、この人たちもあたしたちをいわゆる“世間知らず”と見ていたようで、まるで実の叔父さんのようになにくれとなく面倒を見てくれた。


ディックは形而上学(けいじじょうがく)からテレパシー、栄養についてまで何でも教えてくれて、あたしたちは早速、毎日ビタミン剤を飲まされることになった。


毎朝マイケルはビタミン剤を50錠、一気にぐいっと飲み込んだあと、あたしが1錠か2錠ずつ1時間ほどかかって飲むのを笑いながら眺めていた。


ニューヨークのアパートには家から連れてきたボディーガードや使用人がいて、まるっきり2人だけの生活というわけではなかった。


でもロサンゼルスのころに比べれば、よく外出するようになった。ディスコ・スタジオ54は、ニューヨークでは当時いちばんヒッピー的な雰囲気のする夜の社交場で、あたしたちも何度か行き、踊っている人々の中を自由に動き回ったことがある。

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常連客の、ハルストン、アンディ・ウォーホール、ボブ・マッキ―、トルーマン・カポーティ、ビアンカ・ジャガー、ライザ・ミネリともそこで知り合った。


見るもの聞くものすべてが驚きだった。あたしの家族は何年も芸能関係の仕事で生きてきたのに、マイケルとあたしも麻薬類についてはこっけいなほど、無知だった。


ライザはあたしの知っている女性の中で、いちばんといっていいほどの感じのいい、純真な人だが、そのライザと遅くまでいっしょに過ごして帰宅してくると、マイケルが感心したように言った。


「ニューヨークの人たちって驚きだね。全然、疲れというものを感じないみたいなんだ」
「そうねえ、本当にそう」


「あの人たち、明け方5時に朝ごはんだなんて、信じられるかい?ぼくらの生活も決してまともじゃないけど、そのぼくでさえ、この人たち妙だなって思うんだ。それにあの人たちいつもあんなに笑って、愉快そうにしてる!」


「それって、ニューヨークではきっと、当然のライフスタイル(生活様式)なのよ、マイク」


あたしたちは何も知らなかったのだ。スタジオ54に通い始めたころ、共同経営者のスティーブ・ルーベルがVIP用の奥の個室に案内してくれた。


周囲を見回すと、踊っていた人たちが一休みして、頸(くび)にぶら下げていた色つきの小さなビンを鼻につけて何かを吸い込んでいた。


何か最新流行のアクセサリーだと思った。ビンの中にコカインが入っているなんて、全く思いもよらなかった。


「やってみるかい?」
と耳元で誰かが押し付けるような口調で言った。


「いえ、結構よ」
「きみはどうだい?」
「いやぼくも結構」とマイクは答えた。


信じられないだろうが、あたしたちはコカインがいかなるものかを知らず、どんな形なのか、どう使うかも知らなかった。


でも二人とも、何か間違っていると感じ、落ち着かない気持ちになった。みんなの笑いも不自然で、会話も何だか無理矢理に交されているように思われた。


この時以来、あたしは麻薬類やアルコールの常用者が、いつも仲間たちと群れたがることを知った。


その様子は、子どもたちが無理にでも仲間に入れようとするのと、ちっとも変わらなかった。
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麻薬などの誘惑に負けずにいた二人、本当にまじめで純粋で、それは現在も、ですね。
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その3へ続く
 
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その3マイケルのスケアクロー

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

ベスト・オブ・ジャクソン・ファイヴ


その3



この時以来、あたしは麻薬類やアルコールの常用者が、いつも仲間たちと群れたがることを知った。その様子は、子どもたちが無理にでも仲間に入れようとするのと、ちっとも変わらなかった。


家にいるときは父が聞き耳をたてていたり、警備員に聞こえるところだったりして、うっかり内緒話もできなかった。


そこでマイケルとあたしは、互いにある程度のことはテレバシーで伝えるようになった。


二人の間では、一回ちらっと目を合わせることは1000語ぐらい話すことで、考えていることがお互いにすぐ通じた。


ニューヨークにいる時、あたしたちはすごく不思議な体験をした。マイケルはよくあたしに悪ふざけをしたが、あたしもマイケルをからかうのが好きで、互いによくふざけ合いをした。

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ある夜、あたしはディック・グレゴリーといっしょにある会合に出席し、マイケルは家でテレビを見ながらくつろいでいた。


〈トワイライト・ゾーン〉という番組で、マイケルは自己喪失になった男の話にすっかり夢中になっていた。


自分が知っていると思った人たちみんなから全くのよそ者として扱われ、ついに自分の存在そのものを疑うようになった男の話である。


マイケルはなぜかこのストーリーがすごく印象に残り、想像力をかきたてられた。


このときちょうど、あたしは帰宅してドアにキーを差し込んだところだった。あとでわかったのだが、マイケルはテレビの前に腰を下ろし、「ぼくはいったい誰だろう。ぼくは本当にこの世に存在しているのだろうか」と自分自身に尋ねていた。


どうしてそんなことをしたのか、さっぱりわからないけれど、あたしはマイケルが誰かわからないようなふりをしてしまっていた。


うつろな顔でマイケルを見つめながら、「あなたは誰?あたしの家でいったい何をしているの?」と尋ねたのだ。


マイケルはびっくり仰天してソファーに跳び上がった。「何言ってるんだ、ぼくはマイクだよ」


「でもあなたは誰?」
「マイクだったら」


「でも、あなたは誰?」
と、あたしは何回も繰り返した。
「ラトーヤ、こんなことしないでくれよ」とマイケルは頼んだ。


あたしはとうとう吹き出してしまった。「いやな人ね、からかっただけじゃないの」と言いながら、どうしてマイケルがそんなに動揺した姿を見せたのか、不思議に思った。


「いや、姉さんにはわからないだろうな」マイケルは大きく息をついて言い始めた。


「ぼくはこの〈トワイライト・ゾーン〉で自己喪失の男の話を見てたんだ。そして独り言を言ってたんだ、“ラトーヤが入ってきて、あなたは誰?って聞いたら、きっとびっくりして死んじゃうだろうな”って。姉さんはぼくに、心臓麻痺を起させるところだったんだぜ」

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1978年10月、ロサンゼルスで開催された映画〈ウィズ〉のプレミア・ショーを家族全員で観に行った。完成されたこの映画を観るのは、すごく心の躍ることだった。


そして誰の目にも、マイケルのスケアクローは素晴らしかった。だが、映画批評では冷淡にあしらわれ、興行収入でも大失敗に終わった。マイケルはすごくがっかりしていた。


というのも、映画業界はこの映画を、黒人映画の制作に大予算を組み、時間をかけるだけの価値があるかどうかを決めるための、リトマス試験紙として見ていたことをマイケルはしっていたからである。


映画の評判が芳しくなかったため、マイケルはすっかり気落ちした。しかし、持ち前の性格から、肩をすくめてこう言った。


「まあ、いいさ。いつの日か、また別の映画に出演してみせるよ。そのときはもっといい映画になるさ」

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そのころ、マイケルはこの4年間で初めてのソロアルバム〈オフ・ザ・ウォール〉に没頭していた。


同時に、マイケル、ランディ、マーロン、ティト、ジャッキーの5人は、ザ・ジャクソンズ最初の完全に自分たちで作曲し、プロデュースしたLPの準備にかかった。


これは、ジョーゼフが勝ち取った創造の自由であった。〈ディスティニー〉の大成功が確実なものになるにつれ、ジャクソンズがモータウンを離れたことは正しかったとわかった。


すでに最初の2枚のエピックレコードによるLP(〈エンジョイ・ユアセルフ〉〈ジョー・ユー・ザ・ウェイ・トゥ・ゴー〉〈ゴーイング・プレイシィズ〉)から、ヒット・シングルが何枚か出ていた。

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オフ・ザ・ウォール、その後のクインシ―との出会いをラトーヤはどんな風に描いていくのでしょう?……ニューヨークのアパートでテレビを観てくつろぐマイケルなんて、ちょっと意外な部分もあったんですよね。
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その4へ続く
 
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その4クインシー・ジョーンズとの出会い

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

息子 マイケル・ジャクソンへ ~天国への遺言状~


その4


すでに最初の2枚のエピックレコードによるLP(〈エンジョイ・ユアセルフ〉〈ジョー・ユー・ザ・ウェイ・トゥ・ゴー〉〈ゴーイング・プレイシィズ〉)から、ヒット・シングルが何枚か出ていた。


“トップ10”入りした〈シェイク・ユア・ボディ(ダウン・トゥ・ザ・グラウンド)〉のおかげで〈ディスティニー〉は1972年以来最高順位のアルバムとなり、まるまる10年間、ジャクソン・フィーバーのミニ・リバイバルをあおり、最初の人気の波が高まってから9000万枚というレコードを売り上げた。


ジョーゼフは新しいパートナーのロン・ワイズナー、フレディ・ドウマンとともに、引き続きジャクソンズのマネージャーをつとめ、ジャネットとあたしの仕事には自分で目を光らせていた(ジャーメインのマネージャーはヘイゼルだった)。

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大して重要でもない仕事でも、家族の話し合いで決めていた。〈オフ・ザ・ウォール〉の計画を立てながら、マイケルはクインシー・ジョーンズと仕事がしたいとあたしたちに話した。


クインシーとのコンビは、その年代最高の組み合わせとなったが、マイケルがそんなことを口に出した当時は不釣り合いだと思われた。クインシーは、主としてジャズと映画音楽で知られていたからである。


だから家族のほとんどが反対したが、ジョーゼフの反対が特に激しかった。不思議なことに、1950年代、父はクインシーの大ファンだった。


エピックのスタッフも、マイケルが「クインシー・ジョーンズにアルバムをプロデュースしてほしいんだ」と話したとき、気乗りしない態度だった。


でも、マイケルはクインシーとなら特に気も合い、調和のとれたコンビになれると信じ、自分の直感通りに動いた。


マイケルはソフトな話し方をし、態度も恥ずかしそうだったので、自信不足では、と人々から誤解されて見られていた。


しかし、それは違う。あたしの知っている限りでは、弟は最高の自信家なのだ。いちど何かやろうと決心すると、まるで自分自身と約束したみたいに何が何でもやり通した。


マイケルには信じられないくらい集中力があり、ツアーやレコード、またビデオのことを考え始めると、その中にすっかりのめり込んでしまうのだ。〈オフ・ザ・ウォール〉のときも、ほとんど全エネルギーを集中させていた。

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クインシーがマイケルに“スメリー(いやなにおい)”というニックネームをつけたことは、ファンならご存知のはずだ。


これは、マイケルが初期のブルースみたいに泥臭い音楽、いわゆるファンキー・ミュージックを作曲する才能の持ち主だったから、ということははっきりしている。


「ねえ、きみ、こいつはやけに臭いね、すごく臭い」と、スタジオで熱っぽく録音を終えたあとクインシーが言った。(言い換えれば、これは実は褒め言葉なのだ)。


しかし家では“スメリー”の意味が違ってきた。どうしたわけか、マイケルが20歳のころ、デオドラントを使うと健康に悪く、シャワーは毎日かかっては多すぎると思いこんでしまった。


何日間も同じジーンズとソックスをはいて、兄弟たちを閉口させていた。そこで兄弟たちは「ラトーヤ、きみはマイクと、いちばん仲がいいんだから、きみから注意してくれよ」と頼んできた。


「あたしに何をしてほしいの?あたしが話したって変えようとしないわ、あの子の性格だもの。それに、ひょっとしたら成長期の階段のひとつかもしれないわよ」


「ラトーヤ、きみはマイケルとスタジオに入ったことがないからわからないだろうけど」と、兄弟の一人が鼻にしわを寄せながら言った。


「じゃこうみたいなにおいがするんだ!」


ランディときたら、もっとはっきりしていた。「スタジオ全体がすごく臭くなるんだよ!」


ある日、母がマイケルの靴をとり上げてみると、底に大きな穴があいているのに気づき、早速新しい靴を買ってきた。


ところがマイケルは、この新しい靴をはこうとしない。あたしは古い靴は捨てるように頼み、ソックスも取り替えさせようとした。でも、だめだった。


「ラトーヤ、こんなことってちっとも重要じゃない」マイケルは突然ものを見通すような目になって言った。

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音楽の重要性を20歳にしてしっかり自分のものにしていたマイケルを、ラトーヤは眩しくうれしく感じていたんでしょうね。クインシーとのオフ・ザ・ウォールもなるべくしてなったという、出会い、そして大成功となるんですね。
それにしても、マイケルが着替えず、シャワーもテキトーだったなんて…臭いのするマイケル~(;一_一)それもまぁいいか~~

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その5へ続く
 
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その5マイケルの大切なこと

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


オフ・ザ・ウォール(紙ジャケット仕様)


その5

あたしは古い靴は捨てるように頼み、ソックスも取り替えさせようとした。でも、だめだった。「ラトーヤ、こんなことってちっとも重要じゃない」マイケルは突然ものを見通すような目になって言った。


「どうして人は着る物にこだわるのだろう。ぼくにとって重要なのは音楽だけだ。どんな音を出すか、どんないい曲を作るかが大事なんだよ。それなのに、なぜ新しい靴のことばかり気にするんだい?靴のない人がどうだっていうんだ、足のない人だっているんだぞ」


言うじゃない、この子。「でもねマイク、あなたの格好はひどすぎるわ」
「こいつは立派な靴だよ」マイケルは断固とした口調で言った。「これからもはき続けるつもりさ」


このとき以来、マイケルはアルバムを作るたびに同じようなことを繰り返した。そんなマイケルの作った音楽の素晴らしさを考えると、兄弟の中の少なくとも一人か二人は、自分もあやかってそうしようか、と思ったのかもしれない。


でも兄弟たちはジャクソンズ1964年の大ヒット記念ツアーを前にして、マイク、公衆の面前にだらしない格好をさらすのはもうよしてくれ、と命令するように言ったのである。


「オーケー、わかった、これからは変えるよ」と静かに答えたマイケルは、それからは外出するたびに、立派な、50ポンドのスパンコールがついたミリタリー・ジャケットとパンツを着た。


ズボンの折り目がすごくピシッとしていたので、玉ねぎでもスライスできそうな具合だった。


でも、家にいるときは相変わらずで、しわになったジーンズと古いセーター姿だった。マイケルのだらしなさは、自分の部屋にまで及んだ。


それで、家族は特別のメイドを雇ったりした。ときどきあたしはそーっとマイケルの部屋に入り、ベッドや床に一面散らばった楽譜などの紙切れを片づけずにはいられなかった。ときにはその最中に見つかることもあった。


「さわるな!」とマイケルは大声をあげた。
「マイク、この散らかりようを見なさいよ。歩くことだってできないわ。楽譜なんかちゃんと見つかるの?」


「どこに何があるか全部知っているんだ、放っといてくれよ」マイケルは大みえをきった。


だが彼は、ただ楽譜や本などをあたりに置きっぱなしにするだけではなかった。マイケルは何でも、そう、本当に何でもとっておく癖があった。


かわいくておセンチな物、たとえば家族みんなで撮った写真とか、あたしの通知表全部に姪や甥が初めてはいた靴、服、しみのついたおしめまで、思い出になるものは何でもとっていた。


また、自分個人の思い出の品としては、手術で取り出された鼻の軟骨もあった。


あたしたち兄弟が、マイケルの部屋がだらしないことでまた大騒ぎになったとき、彼はこう誓った。「よーし、わかった。あした部屋を掃除する。そして1年間ずーっと完璧にきれいにしておくよ」。


確かに翌日、彼の部屋はシミ一つなくきれいにされ、365日間というものそのままだった。


しかし、その“一周年”で約束が果たされると、彼の部屋には再び戦争地帯のようになってしまった。

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ヘイブンハーストに残った子どもたちは、マイケル、あたし、ランディ、それにジャネットだけになったので、家の中は比較的静かになった。


ランディとジャネットは、ほかの兄弟姉妹たちよりいくぶん幸福な幼年期を楽しんだ。


大家族では、ともすれば両親は末っ子のしつけには甘くなるらしい。でも、あたしたちがゆるめだと思ったしつけだって、外部の人から見ればずいぶんと厳しいと映っただろう。


上の兄たちに比べると、父がふるった肉体的な虐待をあまり目にしていないランディとジャネットは、あたしたちほどには父を恐がっていない。でもこの二人でさえ、父にたたかれたりはしなかったとは言えないのだ。

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あたしたちはみな相変わらず父を恐れていたけれど、もうだいぶ前から反抗するのをやめていたマイケルほどではなかった。


小さいころは父に刃向かっていたマイケルも、10代のころ、ジョーゼフにはどうしてもかなわないと悟ったのだった。

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マイケルの生活観へのこだわりのなさ、しかし約束した一年間の完璧なきれいな部屋…やはりどれもこれも、スーパースターたる片鱗を感じさせる…なんて思っている管理人です<(_ _)>
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その6ブルドッグなジョーゼフ

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

その6

小さいころは父に刃向かっていたマイケルも、10代のころ、ジョーゼフにはどうしてもかなわないと悟ったのだった。


あるときのことだけど、母とジャネットとあたしは台所のテーブルを囲み、父親を非難するマイケルの言葉を聞いていた。

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「どうしてジョーゼフと結婚したの?」マイケルはあたしたちに背中を向け、食料貯蔵室の中から母に尋ねた。


母は微笑みながら「そうね、わからないわ……」と答えた。
「でもぼく、あの人には我慢できない!いったいどこが好きなわけ?緑色の目?」マイケルは半分からかった口調で言った。


ちょうどそのとき、父がぶらっと台所に入って来た。「……醜悪で、年取って、いまいましいブルドッグめ、……もう我慢できないや……」


そんな悪口がちょうど父に聞こえるタイミングだった。あたしたちが凍りついたように黙り込んでいるので、マイケルは父がすぐ後ろに立っているのに気づくに違いないと思ったけれど、彼は気づきもせずに悪口をわめきたてていた。


とうとうマイケルは欲しかったものを見つけ、まだ悪口を吐きながら貯蔵室から出てきたが、そこでばったりとジョーゼフと顔を合わせたのである。


「そーか、オレは醜悪で、年取って、いまいましいブルドッグか、え?」


“ひゃー、大変だ、さあマイケルはどうするか”とあたしは思った。
ところが何ということか、マイケルはあたしのせいにしたのだ。


「ラトーヤが最初に言ったんだ!」そうだしぬけに叫び、あたしを指さしたのだ。


「マイケル!あたし、そんなこと言わなかった!」
「いや、言った!自分の部屋で言った!」
ジョーゼフはあたしの方を向き、「お前は言った!」と怒鳴りつけた。


マイケルともそれで終わったわけではなかった。「お前はオレのことをそんな風に思っているんだな?」父はさっきの悪口を誇張たっぷりに5,6回ほど繰り返した。


でも、驚いたことに、父はマイケルをぶったり、追いかけ回したりはせず、ありがたいことに事件はそのまま立ち消えになってしまった。

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あたしたちが成長するにつれて、ジョーゼフの恐怖戦術は肉体的なものより心理的なものの方が多くなってきた。


あたしが自分の部屋でぐっすり寝入っていると、父がドアを開き、「開けろ!開けないとぶち壊すぞ!」とわめいている声にびっくりし、目を覚ましたことがどれほどあったことか。


あたしたちはそのたびに急いでベッドから起き、ドアに走り寄って開けたものだが、そこには父が怒り狂って突っ立っていたのだった。


そうなると、父がなんで怒っているのか、あたしにはさっぱりわからなかった。


熱心なガン・コレクターであるジョーゼフは、弾を装填した銃をベッドの下やクローゼットの中に隠し持っていた。


父はハンティング旅行中に誤って義理の兄弟の目を撃ったことがあり、母は特に父のガン収集には強く反対していた。


「ジョーゼフ、もうそろそろガンには飽きたんじゃないの?もう充分楽しんだんでしょ?」と母はよく尋ねていた。


父は母の言うことなど無視し、あたしたちに銃口を向けて引き金を引いたりして、たちの悪い楽しみにふけっていた。


カチッ!とやって、もし弾を抜くのを忘れていたらどうなっていたことか。


「ジョーゼフ、もし弾が入っていたらどうするのよ!」母やよく怒っていた。

「ケイト、ちゃんと調べたさ。弾なんか入ってないよ」父はそう答えて高笑いした。


父のもう一つのゲームは、ノックもせずにあたしたちの部屋にいきなり飛び込んでくることだった。おかげであたしたちは、ろくろく部屋でくつろぐこともできなかった。


また、廊下にそーっとひそみ、ドアの外で立ち聞きしたり、電話の内容に耳を澄ませていたり、「オレはジョージョーだ(ジョーゼフの愛称)」と言いふらすのも好きで、「オレは鷹だ。頭のうしろにも目があるぞ」

と言ったりしていた。


そのジョージョーがあたしの寝室を襲うたびに胃がねじり上げられるようで、あたしにはとうとうストレスによる潰瘍ができてしまった。


あたしはできるだけうまく立ち回り、父と互いに影響を受けないようにしていた。
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いまいましいブルドッグ!(笑)言われても仕方ないほど、言葉による暴力も繰り返していた父…憎らしかったでしょうね!

めちゃめちゃたちの悪い楽しみ…ジョージョー、恐すぎますよね。
冗談にしろ、わが子に本物の銃を向けて引き金をひくなんて。
もしかして、郵便物や手紙もこんな調子で勝手に開封されていたかもしれない、あぁこわ~。
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その7へ続く
 
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その7マイケルのマジックショー

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
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原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

息子 マイケル・ジャクソンへ ~天国への遺言状~


その7


あたしはできるだけうまく立ち回り、父と互いに影響を受けないようにしていた。


父があたしに向かってわめいても、全然気がつかないようにして、答えても「はい」と「いいえ」だけですませるようにしたのだ。


これには父も頭にきたようだ。ときどきマイケルは、そんなあたしと父の対決を半ば感心し、半ばびくびくしながらじっと見ていた。


「ラトーヤ、姉さんはジョーゼフがすぐ目の前にいるのに、まるで見えないみたいに空間を見ていたね」


あとからマイケルは、そう言ってしきりに驚嘆したものだった。この方法が効果的だと見てとったマイケルは、あたしと全く同じような無関心をまねし始めた。


「オレに話すんだ!聞こえないのか」とジョーゼフはよくわめいていた。
「はい」あたしは冷静で無表情な一本調子の答えをした。


父と話すときはいろいろと注意が必要だった。それほど細かいニュアンスには敏感だったのである。


礼儀正しくしなければならなかったが、それも度を超すと挑戦されているととったのだ。


こんなあたしたちの行為で、何か変化があっただろうか。まさかと思われるかもしれないが、ちょっぴり父をコントロールすることができたのだ。


いや、幻影かもしれないが、自分たちの生活を守る上で、父を大いにコントロールできた、と言うべきかもしれない。


良くも悪くもマイケルとあたしは、すすんでそうすることもあったけれど、自分の感情を抑制するようになった。

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今でもあたしは、どんな場合でもひどく興奮したり、落ち込んだりすることはない。


あたしたちは公衆の目にさらされる、いわば公的家族なので、実生活をしているジャクソンズと、外の世界に現れるジャクソンズとの間にはいつも心理的な緊張が生まれた。


誰か外部の人が、「お父さんは、きみたちを立派に育て上げるという素晴らしい仕事をされた。そのお父さんを心から尊敬する。きみたちは、そんな父親をさぞ誇りに思っているだろうね」


というような感想を言ってくれたとき、マイケルとあたしはいかにも礼儀正しそうに、何回となくほほえみ返したものだった。

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世間の人々は、あたしたちを理想的な家族と見ていたのである。「もし、本当のことがわかったら……」あたしたちはあとで、そっとささやき合ったものだった。


ジョーゼフは自分がそうしようと思ったり、実際にショーの仲間の前だったりすると、実に楽しそうで社交的になることができたけれど、あたしや兄弟たちはそんな父に反発感を覚えた。


ひどく偽善的であったし、第一どう調子を合わせていいものやらわかりもしなかった。


大きなダイニング・テーブルのホスト席から(来客があるときしかジョーゼフは席に加わらなかった)、父はいかにも情愛あふれる家長として振る舞い、ふざけてあたしに尋ねた。


「さて、トーイトーイや、調子はどうだね?」



なに?トーイトーイだって?

「いいですよ」
あたしは皿からほとんど目を上げず、もぐもぐやりながら答えた。


「マイカス!何かあったのか、調子はどうだね?マイカス」


マイケルは何かつぶやいた。そして「オーケー」と返事をすると、あたしのほうにちらっとさもいやそうな表情を見せ、父の視線を避けた。


退席を許されるとすぐ、ジャネット、あたし、マイケルの3人は寝室のひとつに集まった。


「あいつの態度、信じられるかい?」
「いやになっちゃうわね」


そんなふたりの言葉にあたしは答えた。
「そうよね、でも父親ですものね」


たいていの父親がそのようだが、ある時期になると、兄弟の誰かがほかの兄弟ととても仲良くなるものらしい。


不思議なことに、あたしと仲の良かった兄弟は、ティト、ジャーメイン、マーロン、ジャッキーとみんな結婚してしまった。


彼はあたしを手品のアシスタントにも使った。マイケルは魔術を見るのが大好きで、いろいろなトリックや錯覚をたくさん習い、家で家族にマジック・ショーを開いてみせてくれた。


必要な道具や仕掛けは全部揃えたけれど、あたしを空中に浮かべてのこぎりで真っ二つに切断するマイケル究極のトリックは、とうとう練習できなかった。神に感謝!



マイケルとあたしにはお互いに共通する趣味が多く、性格もよく似ていた。とりわけ、未知の世界に対する好奇心が旺盛だった。


ふたりで毎日新しい言葉を覚え、できるだけ使うようにして一種のゲームを楽しんだ。そのために、他の家族全員が気が変になってしまったくらいである。

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トーイトーイ…っ、マイカス…って…きしょく悪ぅ~(;一_一)

この中には、とっても気になる部分があるんです。
それはラトーヤのとった父への態度を、マイケルも真似し始めた、ってところなんですが……

これによると世間で言われているように、ラトーヤがマイケルの顔と同じような顔に整形したとか、ファッションを真似ているって通説とはまったく逆、てことになりますよね。

これは管理人的にはすっごく重要な部分だと思うんです。
みなさまはいかが感じられるでしょうか?

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その8へ続く
 
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その8マイケルが手に入れた人間の脳

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫


その8


ふたりで毎日新しい言葉を覚え、できるだけ使うようにして一種のゲームを楽しんだ。そのために他の家族全員が、気が変になってしまったくらいである。


ふたりは歴史への興味が深く、世界の重要な出来事、特に黒人史に関係する映画を探し出し、マイケルが屋敷内に造った35座席の劇場で映写してみた。


ふたりともすごく熱心な読書家で、マイケルはよくこんな質問を浴びせていた。


「ラトーヤ、もしこの家が火事になったら、何を先に運び出す?」あたしが答える前に、マイケルはいつもからかって言った。


「姉さんは、ダイヤモンドと毛皮、そうだろ?さて、ぼくだったら真っ先に本を持ち出すな。知識に代えられるものは何もないからね」


マイケルの寝室の壁には、いろいろなジャンルの本が何百冊と並んでいた。


特に哲学と伝記関係の本が多かった。彼は多分、歴史に残る偉大な芸術家、実業家、発明家についての本を次々に読んでは、自分の心にあれこれ問いかけていたのではないだろうか。


たとえば自動車王といわれたヘンリー・フォードの伝記を読み終わると、「なぜフォードはあんな車をつくったのだろう。どんなにして考え出したのだろう」と自分に質問したのである。


特にサクセス・ストーリーに興味をそそられ、成功者の中にはなぜ自己破壊に陥る者がいるのか、考え込んだりしていた。


世の人々はよく、マイケルを子どもっぽいと評する。あたしには同意できないが、確かに彼の内面はいつも子どものようで、物に対する驚異の心や、積極的な人生観がいっぱい詰まっている。


たとえば堂々としている木を仰いでいるだけで、この木はなぜ神の存在の証しなのか、この木はどう成長し、どう変わっていくのか、どのように人間の糧となり、護り(まもり)となってくれるのか等々、あたしたちふたりの間には生き生きとした会話が生まれるのだ。


あたしが言おうとしているのは、マイケルの物を見る目が非常に純粋なことである。このことが、マイケルの行動や仕事を一部他の人々に誤解させることにもなっている。



例えば、マイケルは人体解剖学にも興味を持っている。生物教室に備えてある、器官の取り外しができるプラスチック製の人体模型のことを覚えておられるだろう。


そう、マイケルはこのプラスチックの模型を自分の部屋に置き、いつも勉強していた。


「ぼくたちには声帯がある。でも、なぜ人間には話ができ、犬にはできないのだろう」彼はよく大声で不思議がっていた。


「人間の声帯はほかの動物と違うのか、猿も違っているのか、ね、ラトーヤ、猿に話し方を教えられると思う?」


「知らないわ。でもやろうと思えばなんだってできるものね
「よーし、その方法を探し出してみせるぞ」彼は知り合いの医者に、そこにある医学専門の蔵書を全部注文したいのだが、と頼んだ。


「でもマイケル、これはみんな専門書ですよ。医者用の本なんですよ」と医者は少し驚いた様子で答えた。


「それなら、ここの蔵書と同じ本をそっくり注文してもらえませんか。そしてその本を譲っていただく、もちろんお金はこちらで払います」


でも、そうやって買った医学書も、弟が別の医者からもらった本の横に、色あせたまま並んでいる。


ある日の午後、あたしは急いで家を出ようとしていたけれど、ちょうどマイケルに手招きされた。


「あのね、ラトーヤ、こっちに来て!見せたいものがあるんだ」
約束に遅れるからだめだ、と言っているのに、マイケルはしつこく誘った。


「頼むからぼくの部屋に来てよ。これだけは見せたいんだ。見ればきっと感謝するよ」と、あたしをバスルームに連れて行き、ドアを閉めた。


テーブルの上には大きなガラス瓶が置かれ、なんと中には脳が入っていた。マイケルは瓶を持ち上げ、中がよく見えるようにぐるっと回した。

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純粋すぎて誤解を多く招いていたマイケル。素顔は本当に子どもの心を持ってたんだな~って今さらながら…(涙)

先入観なしになんでも興味津々で知りたがり屋のふたりは、こうしていろんなことを吸収していったんですね。

先ごろ、伝えられた「マイケルのバブルスへ人口声帯手術を試みて…報道も過熱だと言うことがわかりますよね、ゴシップのネタにまたなっています。

しかし、脳みそ、なんてどうやって手に入れるの……?

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その9へ続く
 
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その9マイケルの大蛇マッスルズ

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

The Official Michael Jackson Opus

その9

テーブルの上には大きなガラス瓶が置かれ、なんと中には脳が入っていた。マイケルは瓶を持ち上げ、中がよく見えるようにぐるっと回した。


「ジャジャーン!」
「まあ、マイクったら!それ、どこから持ってきたの?」


「しーっ!」誰かが聞いてはいないかと、マイケルはそっとドアの外をうかがった。


あたしはこれまで脳など見たことがなかったので、好奇心をそそられ、ホルマリン漬けになっている灰色のかたまりに見入った。かなり大きいように……見えた。


「人間の脳なの?」
マイケルは返事をしようとしなかったが、なんとなく人間の脳だとわかった。


「どこで手に入れたの?」
「うん、医者がくれたんだよ」マイケルは無頓着に答えた。


ここを読まれているみなさんは、今、口に手をあてて「とんでもないことを!」と思われているかもしれない。


でも、マイケルにとっては脳も体も驚異に満ちた創造物に過ぎず、気味の悪いものでも不快なものでもなかった。


1984年、頭皮にひどい火傷を負ったマイケルは、自然界にある奇形というものに関心を持つようになった。


奇形に関して書かれている本ならどんな本も、むさぼるように読んだ。その結果、シャム双生児、有名なアリゲーターマン、サーカスでよく見る奇形の人たちなどのことなら何時間でも話は尽きなかった。


このような気の毒な人々に関心を示したことで、マスコミは争ってマイケルを病的で気味の悪い人間のように書いたのである。


しかし、マイケルという人格にはいろいろな側面があり、あたしのように彼の本当の姿をよく知るようになれば、マイケルが“気味の悪い”などという言葉とは無関係なことがおわかりになるだろう。


母に似てマイケルも非常に感受性が強く、どんな形だろうと人が苦しんだり悩んだりしていることにすごく心を動かすようになった。


アフリカの子どもたちが飢え苦しんでいるのをテレビで見て、マイケルは涙を流した。


エレファントマンのような奇形の人に心から同情し、ジョン・メリックを描いたデービッド・リンチの映画を見て何回も泣いた。


「そんな人たちの人生がどんなものだったか、想像してごらんよ」とマイケルは悲しそうに話した。


「たぶん普通の人と変わらない感情を持っていただろうに、普通とは違う者と思われ、どこへ行ってもじろじろ見られたり、罵られたりして、どんなにか苦しく辛い思いをしたことだろうね」


なぜマイケルがそんな人たちに同情し、共感したのかははっきりしている。マイケルが有名人であるために、人からじろじろ見られたりして、ある意味では奇形の人と変わらない面があったからである。


マイケルはこの分野に好奇心を持っていると、ひやかしたりからかったりしているのを聞くと、あたしはとても腹が立つ。


彼はひやかし半分ではなく、心から関心を持っているのだ。一般の人々は、マイケルが本当は素晴らしい、思いやりのある人間だということを知らない。


でも、マイケルは何でも人目につかないように行動しているから、いろいろと言われるのもあるいはマイケルにも責任があるのかもしれない。


動物との接し方をみても、マイケル本当の性格がわかる。ジャクソン一家は父を含めてみんな、動物が大好きである。

snake2.jpg

家庭で飼っている普通のペット、たとえば犬、猫、ハツカネズミ、ハムスターといったものだけでなく、あるときなど、誰かがライオンの子や白鳥、アヒル、チンパンジー、ラマ、それに蛇を飼っていた。


10メートルに近い錦蛇に初めて対面した時は心配したが、あたしはすぐペットとして楽しめるようになった。


錦蛇は堂々とした生き物で、人が思っているようなぬるぬるした気持ちの悪さは全くなく、よく観察するとなかなか興味深いものである。


ところで、蛇には知能的には限界があり、人が呼んでも来ないし、実際にトレーニングすることもできない。


けれど、蛇のそばにいて習性を知るようになると、蛇がこちらを好いてくれているかどうかがわかってくる。
snake3.jpg
(自宅玄関にマッスルズがにょろ~)

もし蛇から好かれていないとわかったら、離れて近づかないほうがいい。あたしたちが飼っていた種類の蛇は、人を締めつけて簡単に窒息死させたり、あごを広く開いて人の頭くらい呑み込んだりもできた。


あたしは蛇が体を固く締めすぎるときは、できるだけ気分を落ち着かせるようにしていた。というのは、こういう爬虫類は人が反抗していると感じとると、本能的に強く締めつけるからだ。

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マイケルの飼っていたマッスルズの動画はこちらへ

彼の好奇心はとめどなく溢れ、彼の音楽を織りなしている部分と彼の本質的な部分にいろんな作用をもたらしていたのでしょうね。

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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その10へ続く
 
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インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー第四章その10マイケルとバブルスの戦い

インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー
(1991年9月10日)
原題「LA Toya: Growing Up in the Jackson Family」
著者 ラトーヤ・ジャクソン 訳 高橋伯夫

マイケルからの伝言


その10

あたしは蛇が体を固く締めすぎるときは、できるだけ気分を落ち着かせるようにしていた。というのは、こういう爬虫類は人が反抗していると感じとると、本能的に強く締めつけるからだ。 


ラマはおとなしいので素晴らしいペットになった。飼っていた2頭のうち、ローラはもう死んだけど、ルイスはいつもあたしたちにキスをしてくれた(ラマとフレディの面白い話=フレディ・マーキュリーとマイケルの交流

初め、どうしても馴れてくれなかったのはチンパンジーだけだった。母は、チンパンジーは汚くて、“人間に近すぎる”動物と考えていた。


チンパンジーが大好きだったマイケルは、母の考えを変えさせようとして、ときどきつがいのチンパンジーを借りてきてはその可愛さを母に説明していた。


数年後、母の気持ちも和らぎ、あたしたちは「バブルス」という名のチンパンジーを飼うことになった。


奇妙に思われるかもしれないけど、あたしたちはバブルスの両親を知っていた。というのは、母の説得作戦の一つとしてその親たちを家に連れてきたことがあったからである。


みんながその誕生を頸を長くして待っていたバブルスは、すっかり成長してからわが家の一員になったのだった。バブルスは家族みんなで可愛がったが、主人はマイケルであった。


バブルスと少しでも一緒にいると、誰もがこのチンパンジーにすっかり惚れ込んでしまった。

bubbles1.jpg

バブルスを見ていると、まるで人間の子どもとそっくりだった。マイケルは自分で買い物したことなどなかったが、わざわざ自分でバブルスの服を買ってきた。


チンパンジーの洋服専門店などないので、普通の子ども服専門店から何着も買い込んできたのだが、なかなかの品ばかりだったので、リビーは、「バブルスのお下がりでいいからちょうだい」と頼んだほどだった。


毎晩、マイケルの命令でバブルスはかわいいパジャマに着替えると、ベッドの横にひざまずいてお祈りのマネをした後、ベッドカバーの下にもぐり込んだ。


朝起きるのが大の苦手で、「バブルス、もう起きる時間だよ」と、優しい声で何回も起こしていた。


でもバブルスはあくびとともに伸びをすると、またカバーを頭の上までひっぱるのだった。マイケルがカバーをひったくると、バブルスはつかんで取り返し、二人の引っ張り合いが始まるのだ。


バブルスがやっと起きると、バスルームに行って歯を磨き(うそではありません!)、くしを使ってまず頭の毛を、ついでからだの毛をとかした。

bubbles4.jpg

それからスニーカーのひもをぎゅっと締め、あたしたちの朝食のテーブルに加わった。


マイケルはバブルスをどこへでも連れて行った。飛行機の中ではもちろんファーストクラスで、マイケルの隣の座席にすまして座っていた。


ほかの子どもと同じく、バブルスはいろいろといたずらをするようになった。ときどきあたしの寝室にこっそり忍び込んで、勝手にカン入りソーダを飲み、空になったカンをぽんと部屋の向うに投げたりした。


ふざけたくなると、人をビシッとたたいたりもした。あたしも何かひどくぶたれ、手の跡が赤く鮮やかに顔に残ったことがある。


あるときはジャーメインの赤ん坊を腕に抱えながら、階段を下りてくるところを見た。なんともかわいい光景だったが、心臓が止まる思いでもあった。


バブルスがあちらこちらの部屋を引っかき回し、シャンデリアを次から次に飛び移るようになり、あたしたちはバブルスに専門の調教師をつけることにした。(バブルス記事マイケルはバブルスと会話するのが夢だったラトーヤ談


調教師が初めてヘイブンハーストにやってきた時、バブルスがあまりにも人間化されているのに調教師はショックを受けていた。


「これはとんでもないことですよ。このチンパンジーはハーゲンダッツのアイスクリームを皿で食べ、びんからエビアンウォーターを飲み、健康食品を採っている。本来ならモンキー・チャウ(サル用の食料)だけを食べていなければならないんですよ」と、調教師はかなり困難な仕事になるという意見を述べた。


モンキー・チャウなど聞いたこともなかったが、調教師はついになんとか奇跡を行ない、トレーニングを終えたバブルスは以前のように可愛らしくなり、行儀よくなって帰って来た。

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動物を飼うことも、徹底的に調べ吟味し、母キャサリンにも納得してもらう…マイケルという人を改めて知ることになりました。

姉リビーが欲しがってたバブルスのお下がり服ってだいぶおしゃれな上等のものだったんだろうな~、マイケルのバブルスへの惚れ込みようも凄いけど…

モンキー・チャウってチャウチャウ犬みたいな名前…

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